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数年前に話題になった書籍ですが、文庫化されていたので読みました。

著者は、元フォーカスで現在は日本テレビの清水潔記者です。桶川ストーカー殺人事件を追った前著『桶川ストーカー殺人事件―遺言』も名著でしたが、本書も劣らず評判通りに読ませる本でした。

書評はこちら:『桶川ストーカー殺人事件―遺言』清水潔(著)

本書は有名な冤罪事件である足利事件を中心に、栃木県と群馬県の県境周辺で発生した五人の幼女誘拐殺人事件を追ったものです。足利事件ついては簡単にWikipediaを引用しておきます。

足利事件(あしかがじけん)とは、1990年5月に発生した殺人事件。その後、誤認逮捕により冤罪被害事件となった。また真犯人が検挙されていない未解決事件でもある。当事件を含めて、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件は足利連続幼女誘拐殺人事件とされている。
1990年5月12日、日本、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。容疑者として菅家 利和(すがや としかず)が逮捕、起訴され、実刑が確定して服役していたが、遺留物のDNA型が彼のものと一致しないことが2009年5月の再鑑定により判明し、彼が無実だったことが明らかとなった。服役中だった菅家はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。再審を日本弁護士連合会が支援していた。

出典:足利事件 – Wikipedia

清水潔氏の著作の特徴は、多くの事件のノンフィクション作品と異り、リアルタイムに取材に当たる著者の時々の心情が少なからず織り込まれていることです。前著では正直言ってちょっと鬱陶しい面もあったのですが、取材が進むに従って新事実が明らかになったり想定外の出来事が起きたり、臨場感を醸成することには成功しています。写真週刊誌から民放の社会部で如何に大衆の心を動かすのかを熟知した著者ならではという感じもします。

足利事件については、過去に小林篤さんの『足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本)』を読んでいて大体のところは把握していましたし、この事件単体については小林版の方が冤罪を生んだ原因や冤罪が暴かれる過程が精緻に描かれていたように思います。そういう意味では、本書は重大事件のルポとしては粗い面は否めないところがあると思いました。それは、本書中でも著者自身が何度か述べているように、清水記者の目的があくまで連続幼女誘拐殺人事件の真犯人を追い詰めることであって、そのために解決済みとされていた足利事件の菅家さんの冤罪が必要であったに過ぎないということの露われだとも思います。

書評はこちら:『足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本)』小林篤(著)

本書の評価については、真犯人「ルパン」に関する部分をどう捉えるかで大きく変わるように思います。「ルパン」に関しては菅家さんの無罪が再審で確定した次の章で初めて出てくるのですが、唐突に「実は取材開始当初から真犯人を特定していた」と来るので面喰いました。にもかかわらず、ルパンに関する情報はほとんど書かれておらず、どのような情報から真犯人と特定したのかもさっぱりわからないまま、直接取材したり警察に情報提供したりするものですから、説得力があまり感じられませんでした。

そのように「ルパン」に関して中途半端な記載となってしまったことについては、文庫版あとがきで著者自身が説明しています。

 私は裁判官ではない。検察官でも警察官でもない。一ジャーナリストだ。個人を特定できるような報道を私自身の判断で行えば法に問われることもあるかもしれない。その大前提を踏まえて、私としてはプライバシーに配慮しつつも、最大限の情報を本書で伝えたつもりだ。だが、それでもルパン到達の詳細経緯は公表できなかった。公表すれば当然、同業他社の記者もトレースが可能となる。本来なら、他社からの援護射撃は望ましいことだが、ルパンは当局が認めていない人物だ。当局の担保が得られぬ記者は、どう行動すると予測できるか?

出典:『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』文庫版あとがき(p. 493)

 だが、さらに大きな問題が生ずる可能性がある。このネット社会、事件に興味を抱いた「個人」が独自に動く可能性だ。この事件で人々の興味の焦点の一部が、「ルパンとは誰なのか?」という点にあることは、例えばインターネットの検索エンジン履歴を見ればわかる(<足利事件 真犯人 ルパン>などが上位に並んでいる)。もし男の素性が明らかになるような書き方をすれば、情報の一人歩きが懸念される。実名の公開や、考えたくもないが、「私刑」というおぞましい事態を招かぬとも限らない。

出典:『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』文庫版あとがき(p. 494)

大変難しい判断であるのは理解できました。しかしそうなると、この段階で疑わしい人物がいることを世間に公表する意味があったのか、私にはわかりません。もちろん捜査機関に対してプレッシャーをかける目的があっただろうことは理解できるのですが、読者や視聴者は不確定な情報で振り回される形になるし、誰も得しないように思えます。正解はない性質の事柄だと思いますが、もう少し何とかならなかったのかと残念な気持ちにはなりました。

本書は、足利事件や重大な冤罪事件についてあまり多くを知らない人には必読の書だと思います。調査報道の舞台裏を明らかにするという点でも一級のドキュメントだと思います。一冊で多くのことを網羅して読ませる力は素晴らしく、ノンフィクション分野では近年でも稀にみる名著だと思います。

足利事件について冤罪に至る過程をしっかり掘り下げた書籍としては前掲の『足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本)』はおすすめです。同じような興奮を味わいたいなら清水潔記者の前著『桶川ストーカー殺人事件―遺言』は期待を裏切らないでしょう。事件自体が解決しているという点では本書のようにモヤモヤした感覚は残らないで読後感はいいはずです。

久しぶりに良質なノンフィクションを読んだ気がします。できるだけ早く真犯人が捕まって事件が解決することを祈ります。

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