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女性として初めて世界最高峰エベレストを登頂した田部井淳子さんのエッセイを読みました。

田部井さんは先月10月22日、亡くなったばかりです。書店に寄った際にふらっと山岳コーナーを覗いてみたところ、田部井さんの関連書籍が平積みになっていました。様々な山岳イベントに引っ張りだこで参加されているのは情報として知っていたので本当に驚きましたが、お名前や業績はある程度把握していても人柄はよく知らず、良い機会なので自著を拝読した次第です。

 1975年に女性で初めて世界最高峰エベレスト(8848メートル)に登頂した登山家の田部井淳子(たべい・じゅんこ)さんが20日午前10時、腹膜がんのため埼玉県川越市の病院で死去した。77歳だった。福島県出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は夫、政伸(まさのぶ)さん。

出典:田部井淳子さん死去=77歳-エベレスト女性初登頂:時事ドットコム

第1章は『山から学んだこと』と題して、執筆当時(2012年頃)までの登山経験で遭遇した出来事とそこから学んだ教訓を綴られています。特に遠征隊などのチーム登山において極限状態で人間がどのような言動を取るのか、それをコントロールするにはどうすべきだったのか、を書いている箇所は大変興味深かったです。タイトルだけを挙げてみると「声が大きい人には気をつけろ」「疲れている時はまちがえやすい」「不平を言う人には近づいていこう」など。登山と関係なく下界における人生でも参考にできる内容だと思いました。むしろ登山のように極限状態で人間の本性というのは露わになると捉えるべきかもしれません。

第2章は『それでもわたしは山に登る』。第1章とは打って変わって、田部井さんが2012年にがんを再発して余命宣告をされてからの闘病記になっています。一冊の本としてはまとまりがない印象もありましたが、まさに執筆中に闘病生活に入られたということでこのような構成になっているようです。抗がん剤治療でがんを小さくしてからの手術は成功しているため、本書の範囲ではがんとの闘病というより抗がん剤の副作用との闘いという印象が強いです。当初は家の二階へ上がるのも辛い状態にもなったようですが、そのような状態でも夫の支えも受けながら山に登り続ける姿には驚かされます。私の母も乳がんをやっていておそらく抗がん剤治療も受けているはずですが、そのような話を聞いたことはなく、機会があったら話を聞いておきたいと思いました。

全般的に明るく前向きな田部井さんの人柄が伝わってくる内容であったと思います。各所で目にする田部井さんの写真も満面の笑顔ばかりで気さくな方だったんだろうな、と思いました。あまり人が多いところが好きでないので結局田部井さんが参加されるようなイベントには行かずじまいでしたが、講演など一度は行っておくべきだったと後悔しているところです。まだ他にも著作はありますので、風化しないうちに読んでおこうと思いました。

ちなみに本書の売り上げの一部は田部井さんが尽力されていた「被災した東北の高校生を日本一の富士山へ」プロジェクトに寄付されるそうです。田部井さんが亡くなってもプロジェクトは継続するとのことです。

 10月に77歳で亡くなった登山家田部井淳子さん(三春町出身)が総隊長を務め、被災した東北の高校生が富士山登頂を目指したプロジェクト「東北の高校生の富士登山」で、田部井さんの長男進也さん(38)らは12日までに、田部井さんの遺志を引き継ぎ、来年以降もプロジェクトを継続することを決めた。田部井さんは生前、「高校生は本県復興にとって大きな力になる。何とか1000人登らせたい」と富士登山を通じた復興支援に強い思いを持っていた。

出典:田部井淳子さんの遺志…受け継ぐ 17年も「高校生の富士登山」:福島民友ニュース

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