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1月8日、母方の祖母が亡くなりました。大正9年生まれの96歳でした。

昨年4月26日には父方の祖母が101歳で亡くなったばかりでした。これで祖父母は全員鬼籍に入りました。

祖母は20年ほど前に祖父が亡くなってから一人暮らしをしていました。長男である叔父が近所に家を買って住んでいたので、そのサポートもあって、90歳を超えるまでは大した不便もなく悠々自適に暮らしていたようです。

90歳を超えると徐々に身体に不調が表れてきて、家で転んで骨折したのを契機に急激に体調が悪化しました。ちょうど叔父が定年退職したのもあって、その頃から毎晩泊まり込みで献身的に世話をしてきましたが、数年後には叔父も消耗してしまいました。1年ほど前、母や叔母との家族会議の結果、苦渋の決断で施設に入ってもらうことになりました。三浦半島の海岸線に面した景色の良い高級老人ホームでした。

昨年末に体調を崩して病院に運ばれると、肺炎と診断されて即日入院となりました。一時は快方に向かい、年明け早々には退院できるかも、なんて話もあったのですが、逆に年が明けた頃から体調が急激に悪化してしまいました。叔父からもう長くないかも、との連絡が来たのが金曜日でした。翌土曜日に母と二人でお見舞いに行きました。

病室に入ると酸素吸入器を付けた祖母が寝ていました。苦しそうでハアハア呼吸をしていて、意識はない状況でした。声を掛けたり手足を擦ったりしてはみましたが、反応はありませんでした。手足を見ると血管がどす黒くなっていて、肌もカサカサで生気がありませんでした。途中で看護師さんが入ってきて血圧を測ると100くらいとのことで、辛そうではあるもののすぐに亡くなる気配はありませんでした。何しろ片道3時間かかる距離なのであまり長居はできず、この日は1時間ほどお見舞いして帰宅しました。

翌日曜日朝、また叔父から連絡が入りました。朝から急激に血圧が下がってきているとのこと。この日は長野から叔母が一家でお見舞いに来るとのことだったので、母と二人ですぐに病院に向かいました。

病室に入るとすでに叔父がいて祖母に話しかけていました。前日とは打って変わって呼吸は穏やかになっていました。手足を見ると前日よりもどす黒くなっていて、布団の中に入っているにも関わらず触ると冷たい状態でした。

しばらくして叔母と叔父、その娘二人(私から見て従姉妹)がやってきました。みんなで代わる代わる祖母に呼びかけたり手足を擦ったりしていましたが、残念ながら反応はありませんでした。血圧は徐々に下がってきて50くらいまでなっていましたが、長野へ帰るバスの時間があるので叔母一家は帰っていきました。

容体は安定している様子だったので、叔母一家を見送りに病室を出たついでに売店に遅い昼食を食べに行きました。売れ残って値下げされたラーメンを食べ、自販機のカップ珈琲を飲んで、30分ほどして病室に戻りました。

エレベータで病室のある階まで戻ると叔父が誰かと電話で話していました。それを横目に病室に戻ると、目を赤くした母が椅子に座っていました。「10分ほど前にゼロになったよ。」ベッドを見ると祖母が先ほどと変わらず眠ったように横になっていましたが、よく見ると確かに呼吸をしていませんでした。最後に祖母の顔に触れてみましたが、まだ温かくて、死んでいるようには感じられませんでした。

死亡届の死因がどうなったのかは把握していませんが、一般的にはいわゆる老衰ということなのだと思います。死に目に立ち会えなかったのが悔やまれますが、自分で産み育てた長男と長女だけに囲まれてひっそりと亡くなるのを祖母が望んだのかもしれません。

死に際した二日間をそばで見れたのは貴重な経験でした。老衰というのは幸せな死に方だとずっと思ってきたのですが、あの状態が本人にとって本当に幸せなことなのか、疑問に感じるようになりました。この二日間の祖母を見て一番感じたのは、「生きながらにして死んで行く」という感覚でした。私の父のように元気な内に原因不明でもコロッと亡くなる方が本人にとっては幸せなのかもしれません。

昨年秋には婚約者を連れて老人ホームに遊びに行って、祖母が元気なうちに紹介することができました。入院する10日間ほど前だったので、元気だった最後のチャンスに紹介できたのは本当によかったと思います。我々は挙式を3月に予定しているのですが、2月末には四十九日を済ませることができるので、叔父にも相談して挙式は予定通りとさせてもらいました。祖母が日取りを知っていたわけではないだろうと思いますけれど、最後のプレゼントだったのかもしれません。お見舞いに行ったときにお祝いをもらっていて、お返しをしなくちゃいけないね、と話していたところで、間に合わなかったのも残念でした。

祖母は、子3人、孫7人、曾孫8人に恵まれました。とても優しい人でいつもニコニコ笑っていたのが印象的でした。もう会えないのは残念ですが、身体の不自由から逃れらたのであればよかったのかもしれません。

ありがとう。さようなら。

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