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最近はほとんど漫画を読むこともなくなったのですが、実家に帰ったりすると学生時代に購入した大量の漫画から適当に選んで読んだりなんかしたりもします。

先日実家に寄った際にも1時間ほど両親と話した後にやることがなくなり、部屋に閉じこもって漫画を読んでいました。その時手にしたのが手塚治虫の『奇子』です。

この物語は東北地方の架空の町である淀山の大地主、天外家の没落を描いた社会派ドラマです。事の発端は戦地から復員した天外家の次男、仁郎がGHQの命令で左翼政党の支部長忙殺に加担したことでした。劇中では淀山事件と呼ばれ、直後に国鉄総裁の霜川氏が鉄道により轢死する霜川事件のための予行演習として行われました。

仁郎はターゲットの道案内をしたり遺体をレール上に置き去りにするなどの役目を担当し、実際に手を下すことはありませんが、シャツに被害者の血が付着してしまい、天外家の人間に知られることになります。天外家の長男市郎は天外家の名が汚れることを恐れて仁郎を逃がし、証拠を目撃した末娘の奇子を土蔵の地下室に閉じ込めます。

奇子はそのまま土蔵の地下室で美しい女性に成長します。しかし、道路建設のために天外家の土地が収容された際に土蔵が取り壊されたことで、外の世界へ引き戻されることになります。東京へ逃げた奇子は、朝鮮戦争の特需で暗躍し暴力団の組長にのし上がっていた仁郎の下へ転がり込みます。

仁郎は奇子の面倒を見ながら人並みの生活を送れるように教育を施しますが、ひょんなことから淀山事件の真相を知り、奇子と共に再び淀山へと戻るのでした。

劇中の霜川事件は明らかに下山事件をモデルとしています。下山事件とは戦後のGHQ占領下で発生した国鉄総裁下山定則の変死事件で、数々の謎に包まれた重大事件です。

下山事件(しもやまじけん)とは、日本が連合国の占領下にあった1949年(昭和24年)7月5日朝、国鉄総裁下山定則が出勤途中に失踪、翌日未明に死体となって発見された事件。
事件発生直後からマスコミでは自殺説・他殺説が入り乱れ、警察は公式の捜査結果を発表することなく捜査を打ち切った。下山事件から約1ヵ月の間に国鉄に関連した三鷹事件、松川事件が相次いで発生し、三事件を合わせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる。
(Wikipediaより引用)

記憶が定かであれば最初に『奇子』を読んだのは大学生のときでした。当時は土蔵に閉じ込められた美少女の数奇な人生という文脈を中心に捉えていて、あまりこれを取り巻く社会事情などにはほとんど感銘を受けることはなかったと記憶しています。

中年になって改めて読み返してみると、地方の大地主における封建的な家制度、戦後の農地解放による旧家の没落、などあまり語られることのなかったであろう歴史の闇にスポットライトを当てており、とても興味深い話であることに気付きました。

私たちが受けた戦後の歴史教育では何となく終戦によって平和になり、朝鮮戦争の特需を足掛かりに驚異的な経済成長を遂げたという、活気のある希望に満ちた時代であったという印象を持つことが多いです。しかし、大きい時代の変化があればこれに翻弄されて没落していく人々が出てくることも考えてみれば当然とも言えます。

また、歴史の授業で習ってしまうと、何だか今の自分の周辺環境と隔絶された世界での出来事であるかのような錯覚を覚えてしまいますが、実際には祖父や祖母や近所のおじいさんおばあさんなど、この時代を生きて来た人たちが同時代に生きていることも忘れてはいけないことだと思いました。

この作品は、全体的には天外家に代表される戦前的なるものが滅びていく過程を描いています。一方で、戦後の高度成長の象徴ともいえる仁郎や今後の国を背負うべき若者下田波奈夫も最後には亡くなります。生き残るのは土蔵の地下で外部に触れることなく純粋培養された奇子のみ。まるで激しく変化していく世の中のすべてについてNoを突き付けているようにも感じられます。

手塚治虫はこの作品で何を伝えたかったのか、考えれば考えるほどわからなくなってきます。非常に考えさせられる作品でした。

 

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