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5月22日から27日の6日間、RQ市民災害救援センターの現地ボランティアへ参加してきた。説明会の様子は過去記事でご報告した通り。震災ボランティアの説明会に行ってきた

色々と感じるものもあったのだけれど、今回は現地で体験した事実だけを淡々と記録しておきたい。ちょっとまだ自分の中で消化しきれていない面がある気がするので、所感については後日まとめたい。

活動の概要

RQ市民災害救援センターという団体についてはRQについて | RQ市民災害救援センターを参照すると詳しく載っているが、東日本大震災の被災者救援のために多くのNPO法人が協力して設立した団体である。

宮城県登米市の旧鱒淵小学校体育館に本部を構えてボランティアが入れ替わり立ち替わり寝泊まりしながら被災者の救援活動に当たっている。

登米本部では、主に物資の仕分けと避難所への配送、”ひまわり”という特設カフェでの地域の方との触れ合いや子どもとの遊び、避難所の方の温泉や買い物への送迎などを行っていた。他にボランティアの食事準備や総務(事務作業や各種調整)などのボランティアのためのボランティアに従事する人もいる。

  • 登米本部の様子

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登米本部の他に、河北(石巻市)・唐桑(気仙沼市)・歌津(南三陸町)にボランティアセンター(以下ボラセン)を構えている。ボラセンでは、避難所への物資の配送・建物内の泥だし作業・家具等の運び出し・漂着物の回収作業など、現地で必要とされる現場作業を主に行っている。

  • 歌津ボラセンの様子

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移動方法

多くの人は自家用車で来ているのだけれど、公共交通機関で入ることもできる。ぼくの利用したのは以下の旅程である。というか仙台から先は日中だとこの便しかちょうど良い行程は組めそうにない。東京から夜行バスで仙台に入ると午前中に本部に着くこともできるようだ。飯土井バス停で下りた後はバス通りから右に入る道路をひたすら進む。歩くと30分ほどかかるけれど夕方その辺りを歩いていると作業帰りのボランティアの人が車に乗っけてくれたりする。

運賃 路線
12:06 大宮 13:33 仙台 ¥9,880 やまびこ59号
14:10 仙台駅前(さくら野前) 15:46 登米市役所前 ¥1,400 仙台駅前-登米市役所前線
15:59 登米市役所 16:33 飯土井 ¥100 登米市民バス東和線

仙台からのバスについては下記のURLで時刻表を確認できる。
高速バス時刻表 仙台駅前-登米市役所前線
市民バス時刻表 東和線

  • 仙台駅の駅ビルは修復中だった

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スケジュール

一日の流れは概ね以下の通りだった。ぼくは登米本部と歌津ボラセンの状況しかわからないが他のボラセンも同じように運営されているのではないかと思われる。

時刻 内容 備考
6:30 起床・朝食 歌津ではラジオ体操あり
7:30 朝ミーティング 伝達事項など
8:30 午前作業 前日に決めた分担に従ってそれぞれの作業
12:00 昼食 ボラセンに戻って食事
13:00 午後作業 午前に引き続きそれぞれの作業
15:00 作業終了 現場作業の場合。内容により異なる
18:00 夕食  
19:30 夜ミーティング 当日の作業報告と翌日の作業分担
23:00 消灯 歌津では21:00

歌津での現場作業

ぼくは23日から26日までの4日間、歌津ボラセンで津波の漂着物の清掃・回収作業を行った。どの作業に入るかは人それぞれで、できるだけ色々な現場を見たいとボラセンを転々とする人もいれば、できるだけ様々な作業を経験したいと日によって異なる作業に入る人もいる。ぼくはある程度の期間で同じ作業を続けることで成果が見え易いだろうし、全体の中でのスピード感を感じることができると考えて、同じボラセンで同じ作業を毎日続けることにした。

23日に登米本部から移動して現場作業に入るとすでに前日からの宿泊組は作業を開始していた。宿泊組が5人程度、移動組が5人で計10人強での作業だった。作業内容は避難所となっている歌津中学校下の道路脇の斜面に漂着した瓦礫の撤去である。大きい瓦礫は下へ落として一か所にまとめて積み上げる。細かい紙屑や木片は土のう袋に詰めていく。一日かけて海に向かって右側の斜面を清掃した。ここからは海は見えないのに高い木の上まで漂着物が引っ掛かっている。

  • ありがたい看板

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24日には道路右側の仕上げと左側の斜面の清掃を行った。この日は登米から大量に人が入ってきて20人強で作業に当たった。人数が多いと作業の進みが違う。あっという間に左側斜面の清掃も完了した。

午後からは現場が変わってJR歌津駅の石垣の清掃作業を開始した。かなり高い石垣なのに、津波はこれを乗り越えて駅を破壊して反対側の集落も流してしまった。
この日から26日午前までの丸二日間掛けて歌津駅周辺の清掃作業を行った。

  • 歌津駅の駅に登る通路(作業前後)

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  • 歌津駅の石垣(作業前後)

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26日午後からは新しい現場へ移動した。歌津駅から線路のトンネルを抜けたところにあったお寺の杉林に入り込んだ漂着物の清掃作業である。ここは地元の重要なお寺だったようでできるだけ早く復興したいという地元の希望があったようである。この現場は結構広い杉林であったので2~3日掛かるのではないだろうか。

新しい現場に入ると「これを人手で片付けていたら当分終わりそうにないな」と思うのだけれど、みんなで黙々と作業をしていくと意外と早く片付いたりする。「これは人力で除けるのは無理じゃないの?」と思っても、一つ一つ解きほどいていくとバカでかい鉄骨もちょっと引っ掛かっているだけで数人の力でも斜面から引き摺り下ろすことがことができる。一人でやっては無理なことでもある程度の人数で力を合わせればかなり大きいこともできるということを実感することができた。

一方で、その圧倒的な被害の広さも実感する。目の前の現場は一日一日確実に片付いていっても、現場の数は数え切れないほどで気が遠くなる思いがする。この地域だけでも間違いなく数年掛かるだろう。

今回はまだそれほど暑い季節ではなかったけれど、陽射しの中で作業するとかなり暑くなってくるし、雑草も場所によってはずいぶんと伸びてきている。夏に向けてこのペースを維持するのは相当困難だと思われる。

できごと

韓国からのボランティア

24~25日には韓国からのボランティアチーム9名が歌津に来て一緒に作業をした。キムさんというNPO法人の代表の人がインターネットで呼び掛けて若者を連れてきたようだ。キムさんは日本の大学院に留学経験があり日本語がペラペラである。その他に2人ほど日本語がわかる若者が参加していた。

ご存じのように韓国には徴兵制があるのでほとんどは軍隊経験がある人たちだったようだ。実際に作業では黙々と真面目に働くし、チームワークも目を瞠るものがあった。われわれ寄せ集めの日本人チームより遥かに役に立ったことだろう。彼らの動きを見ていると、日本でも緩めの徴兵制のようなものを採用することで、若いうちにそういう経験を積めるようにすることも、今後の高齢化社会を迎えるに当たって重要なことかもしれないと思った。

簡単な韓国語を教えてもらったり、朝のラジオ体操が韓国流になったり、韓国から持ってきた珍しい缶詰をいただいたり、とても楽しいひと時を過ごすことができた。カムサハムニダ。

  • 韓国チームの面々

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  • 登米に戻ると旗が掛かっていた

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太陽光発電

歌津ボラセンは地元から借りた空き地にスーパーハウスが2軒建っているだけの環境である。水も電気も来ていない。ボランティアメンバーはおそらく支援物資として届いたテントを建てて荷物を置いたり寝泊まりしたりしている。水は大量のポリタンクに数日に1回汲み出しに行っていた。電気は自家発電機が設置されていたが、燃料節約のため夜の数時間しか稼働していなかった。

そんな中、26日には以前ボランティアで歌津に来ていたという電気屋の清水さんがソーラー発電設備を持ってきて設置していた。これによって日中はソーラー発電から蓄電して、夜にはバッテリーで電灯を点けることが可能になるようだ。ぼくは26日の夕方に登米に戻ってしまったので点灯式は見れなかったけれど、きっと活動資金も限られているだろうから、強力な装備となるであろう。

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宣伝

奇蹟の島 野崎島

九州の西の果て 奇蹟の島 野崎島 - Nozaki Island – 長崎県五島列島北端 小値賀島

同じ時期にボランティアに参加した”マッチョ”さんこと前田さんは長崎の五島列島野崎島でエコツアーを運営しているとのことでパンフレットを持って宣伝に来ていた。ぼくも以前長崎へ長期間出張で来ていたことがあり、五島で獲れた魚の刺身とか五島うどんとかうまいものをたびたびいただいていたので五島列島にはちょっと親近感がある。是非とも時間を作って行ってみたい。

横浜Grass Roots

グラスルーツ Grass roots – 横浜/バー [食べログ]
同様にボランティアで一緒になった”ゆうすけ”さんの勤めるお店。横浜駅徒歩5分だそうだ。あまり横浜方面に行く用事は無いのだけれど近くに寄ったら是非覗いてみたい。

まとめ

今回の震災では当初から安易なボランティアは自重するような話があり、自治体側も県外ボランティアの受け入れを拒否するところも多かった。これは阪神大震災の際にまともな装備もなく行けば何かできるだろうと自称ボランティアが大量に入り込んだことで現場がさらに混乱した経験からそうせざるを得なかったという事情があるようだ。

テレビや新聞は被災地の現状を報道することが日に日に減っているけれども、地震直後からほとんど復興が進んでいないように見える地域もまだまだたくさん残っている。重機を用いることができる瓦礫の撤去、道路や電気ガス水道のインフラ整備は着実に進んでいるようだけれど、漂着物の清掃とか半壊家屋の片付けとか人海戦術でなければできない作業はまだまだある。にも関わらず作業に従事できる人手は圧倒的に足りていない。

わずかの期間でも特別な技能がなくてもできることはたくさんある。少しでも多くの人が少しづつ力を出し合うことが必要だと強く感じた。そのために他の自治体や企業はもっと積極的に人力の支援を行うべきだろう。社員にボランティア休暇を取らせて現地に派遣するのは労働力の寄付に他ならないのであるし、社員にこういう現場を体験させることは企業にとっても必ず将来の役に立つはずだ。

きっとやれることがあれば是非参加したいと考えている人はいっぱいいるはずだ。しかし、地元の自治体から出てくる情報は、県外からはお断り、個人はお断り、というものばかりだし、例えば東京都で募集するボランティアは特別な技能がある人が優先されてなかなか参加できなかったり、どうやって行けばいいのか分からない人ばかりなのだろう。

RQ市民災害救援センターは基本的に来るもの拒まずで運営されていて、参加日数も特に制約がなく、自分の都合の付く日数で参加することができる。もしボランティアに行きたいけれど行き方がわからないという人がいるのであれば、是非利用してみて欲しい。何しろ韓国から日本語がわからない若者がボランティアに参加できるのだから。

例えば、金曜の晩に東京を出て早朝に仙台から車で移動すれば、土日の2日間をこれらの作業に従事することは十分に可能である。もし休暇を取って3連休にできれば2日間作業に参加して1日休養に充てることもできるだろう。

動機は何でも良いと思う。ぼくも今この時代に生きて現場を見ておかなければいけないと思ったし、今度は自分が被災した時にどうすべきか考えるために現地に行ったのだ。動機は何であっても現地に行って身体を動かすことで少しづつでも復興に近付くことができるはずだ。

※地元の方の心情を考えると躊躇する思いもあるけれど、被災地の現状を知ってもらいたいので現場の写真を掲載することにした。これを見て感じることで一人でも多くの人に行動してもらえると嬉しい。

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