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一年前の今日2011年3月11日(金)午後2時46分、ぼくは前職の勤務地であった虎ノ門の高層ビル22Fにいた。古いビルで耐震構造だったから地表と比べて必要以上に大きく長く揺れていたようだ。本気で「このままビルが倒れたら確実に死ねるな」と考えたくらいだ。あの日から一年が経過した。

この一年にやったこと

寄付をした。日本赤十字社・日本財団・mixiやはてなの義援金・復興かきプロジェクトの支援もした。どこに託すのが最も早く確実なのかよくわからなかったから、複数の団体に分散して寄付することにした。おかげで確定申告はめんどくさかった。領収書がないものもあったので寄付金控除の額は実際より少なくなってしまった。

現地へボランティアに行った。RQ市民災害救援センターの活動で、5月末に4日間、南三陸町歌津地区で津波による漂着がれきの撤去をした。初日はその壮絶な光景を前に背筋が凍る思いをしたのだけれど、元の状態を知らなかったのが原因だと思うのだけれど、二日目以降はあたかも最初からそうであったかのように思えてきたのが不思議だった。

節電をした。わが家のエアコンは2011年3月からコンセントが抜けていて、この一年間電源を入れることはなかった。どうやら自分が家にいるような時間帯は電力消費量のピークとは外れるからあまり意味はないそうだ。残念。

国内の状況

原発問題は何も進展していないように見える。日本の原発は間もなくすべて停止することになる。替わりに火力発電の燃料輸入が膨らんで多額の貿易赤字を出すようになった。政府はストレステストを経て原発の再稼働を目指しているようだ。経団連の圧力が強いのだろう。世論は完全に真っ二つに分かれているように見える。どちらの言い分も単独では十分に説得力があるように聞こえるけれど、両方並べてみると論点が噛みあっていないことは明確だ。

個人的には使用済み燃料しかり、廃炉工程しかり、ライフサイクルのための技術が確立できていないものは使うべきではないと考えている。当面は火力発電を中心にして安定かつ安価な燃料確保手段を構築してしのぎつつ、新たな自然エネルギーの開発・実用化を目指すのかなぁ。

がれきの処理も進んでいないようだ。東京都が一早く受け入れを表明したのは良いことだ。じゃんじゃん持ってきて、がんがん処理して欲しい。相当激しい抗議や苦情が寄せられたようだし、受け入れを表明した自治体はまだ数少ない。報道されている反対する人たちの言い分は津波のがれきと原発事故を混同しているように見える。短絡脳の偽善者のようにしか思えない。事の性質上、賛成であっても声高に主張するような話ではないので、反対の人の声だけが表立って聞こえてくるのだろう。noisy minorityの典型だ。どうせ何もできないのだから放っておけばよいと思う。

震災一年を機に、特に原発事故の経過について新たな情報が出てきている。マスコミの報道は、政府(特に、菅前総理)の場当たり的な対応による混乱、もしくは東京電力の隠ぺい体質のいずれかを犯人に仕立てようとしているようだ。もちろん、東電の事なかれ主義が事態を矮小化してリリースし、原子力安全保安院や政府は東電の言い分を信じるしかないという構図は、おそらくそうだったんだろうと思う。しかし、記者クラブの存在から政府発表以上のことを個別に追求しようとしなかったマスコミの姿勢にも問題があることは明らかだ。

本日、民間の事故調査委員会がまとめた報告書が発売された(3/11 10:00現在、amazonではまだ予約受付中だった)。先立って、マスコミがセンセーショナルな部分だけを抜き出して歪曲して報道しているけれど、自ら資料にあたって自分の頭で考えることが必要なのだろうと思う。

今日やったこと

午前中、あいかわらずわずかばかりだけれど、改めて日本赤十字社へ義援金を寄付した。

午後2時46分、NHKで中継されていた政府主催の追悼式を見ながら黙祷を捧げた。その後、天皇陛下のお言葉をいただいてから、政府主催の追悼式が行われた国立劇場へ献花しに行ってきた。
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様子が分からなかったので半蔵門駅前の花屋に30分並んで1000円の花束を買って行ったのだけれど、行ってみたら主催者側で花を用意されていた。都心だから営業している花屋は他になさげだったし、花屋のおばちゃんもこんなに客が殺到するとは想定していなかったようでかなり錯乱していた。道案内らしき係員や警察官もいたのに誰も花が用意されていることは教えてくれなかった。で、国立劇場の中に入るととんでもない人数の係員(おそらく国家公務員の皆様だろう)が、両脇に並んで道を作っていた。さすがに写真を撮る勇気はなかったのだけれど、小学校の卒業式とかで作られる花道のようだった、と言えば想像できるだろうか。犠牲者の皆様には申し訳ないけれど、これ全員に休出手当出すとしたら相当なコストになりそうだし、必ずしも必要なコストとは思えなかった。ちょっと国が執り行う式典としてはあまりにもおそまつな印象を受けた。

まとめ

総合的に見ると、この一年では震災からの復興はあまり芳しくなかったように感じる。次の一年で被災地の状況が少しでも前に進めることを願っている。そのために自分にできることはあまりないように思えるのだけれど、たぶん目の前の仕事に全力でのぞんで日本経済を回すこと、そして余った時間とお金があれば現地にいって消費に回すことくらいはできるではないかと考えている。


この一年の震災関連のエントリ

東北地方太平洋沖地震 2011.03.11
大地震から五日経った
大地震から一週間が経った
震災ボランティアの説明会に行ってきた
震災ボランティアへ行ってきた

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