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本書の著者は24年間裁判官を務めた後、退官して弁護士となり、多くの冤罪の疑いの高い事件の弁護団に加わって活動されている方です。

裁判官として徳島地裁で「徳島ラジオ商事件」の再審決定をし、弁護士として有名な「袴田事件」の弁護団や多くの痴漢冤罪事件の弁護もされており、冤罪問題の研究者として著名な方だそうです。

第一章は「裁判所と裁判官の生活」。現在の日本の司法制度のもとで人はどのように裁判官になるのか、裁判官になるとどのような生活が待っているのか、平均的な仕事量や評価制度などを解説します。転勤続きで官舎住まいであり仕事量も多いため市民社会と交わる機会が少なく、ほとんどの人は社会に出ないままに司法試験に合格し司法修習から純粋培養されるため、裁かれる市民との距離が広がっていることを指摘しています。

第二章は「刑事担当の裁判官として」。著者がいかにして法曹を志し、なぜ裁判官への道を進み、裁判官として仕事をする中で感じたことを赤裸々に綴っています。裁判を傍聴しても判決文を読んでも外見的にはそこに至るまでの裁判官の葛藤を垣間見ることはできません。非常に貴重な内面の吐露であると思います。

第三章は「再審請求を審理する――徳島ラジオ商殺し事件」。第四章は「証拠の評価と裁判官――袴田事件」。第五章は「「犯罪事実の認定」とは何か――長崎(痴漢冤罪)事件」。著者自身が裁判官もしくは弁護士として関わってきた重大な冤罪事件についてその概要と問題点を示しています。徳島ラジオ商殺し事件の冨士茂子さんのお話は涙なしには読めません。袴田事件の袴田巌さんは死刑執行の恐怖に怯えながら45年以上収監され精神を患っています。高齢の袴田さんが一日も早く釈放されることを祈ります。痴漢冤罪は東京の満員電車で通勤する身としては他人事ではなく空恐ろしい思いをしました。

第六章は「裁判官はなぜ誤るのか」。最終章は本書の総括です。一章から五章までで見てきた内容から冤罪被害を防止するためにどうすべきかを分析し、著者自身の見解をまとめています。

本書では多くの見解が示されますが、私の理解の範囲では、冤罪の起きる原因は、検察官による起訴便宜主義によりもたらされる高い有罪率や捜査機関への盲信があり、多すぎる担当件数や処理件数重視の評価制度などにあるようです。

本書で示される防止策は結局のところ、裁判官一人一人が「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を徹底し、高い意識を持って職務にのぞむべきだ、という主張でした。これまでの論から言えば、日本の司法制度には構造的な欠陥がありそうだという展開であったにも関わらず、最終的に裁判官の精神論に解決を求めるのは、少し残念な気がしました。一応、法科大学院構想や裁判員裁判など司法制度改革の紹介もされています(本書は2002年初版)。しかし司法制度改革があまり効果を見せていない現在から見ると、ある意味手詰まり感を強くする総括でした。

本書は普段見聞きすることの少ない裁判官の実態や本音を知ることができる貴重な書だと思います。特に、いくつかの冤罪事件の具体例について知った後で読むと、より心に響くのではないでしょうか。

私のお勧めは、東電OL殺人事件で逆転有罪となった控訴審を扱った『東電OL症候群(シンドローム)』を読んでから、本書を読むことです。よろしければぜひ。


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