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2013年1月21日、共同通信が麻生副総理が終末期医療に関して不適切な発言をしたと報じました。

麻生氏「さっさと死ねるように」 終末医療で発言、その後撤回 – 47NEWS(よんななニュース)

 麻生太郎副総理は21日午前の社会保障制度改革国民会議で、高齢者などの終末期医療に関し「いいかげん死にたいと思っても『生きられますから』なんて生かされたんじゃかなわない。しかも政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」と述べた。

その後、時事通信により、麻生副総理の発言要旨が報じられていました。

 やっぱり現実問題として、今経費をどこで節減していくかと言えば、もう答えなんぞ多く(の方)が知っておられるわけで。高額医療というものをかけてその後、残存生命期間が何カ月だと、それに掛ける金が月一千何百万(円)だ、1500万(円)だっていうような現実を厚生(労働)省が一番よく知っているはずですよ。
 チューブの人間だって、私は遺書を書いて「そういうことはしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだから」と渡してあるが、そういうことができないと、あれ死にませんもんね、なかなか。
 死にたい時に、死なせてもらわないと困っちゃうんですね、ああいうのは。いいかげんに死にてえなと思っても、とにかく生きられますから。
 しかも、その金が政府のお金でやってもらうというのは、ますます寝覚めが悪いんで。ちょっとさっさと死ねるようにしてもらわないと、いろんなこと考えないと、これ一つの話だけじゃなくて、総合的なことを考えないと、この種の話って解決がないんだと僕はそう思っているんです。(2013/01/21-19:27)
(時事ドットコム:麻生財務相の発言要旨より引用)

TBSにより発言(の一部)を報じた動画が公開されています。少なくとも動画から確認できる発言箇所については正しく書き起こされていることがわかります。

共同通信の報道した発言内容と時事通信の書き起こしを対応付けてみました。

報道 書き起こし
いいかげん死にたいと思っても『生きられますから』なんて生かされたんじゃかなわない。しかも政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと  チューブの人間だって、私は遺書を書いて「そういうことはしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだから」と渡してあるが、そういうことができないと、あれ死にませんもんね、なかなか。
 死にたい時に、死なせてもらわないと困っちゃうんですね、ああいうのは。いいかげんに死にてえなと思っても、とにかく生きられますから。
 しかも、その金が政府のお金でやってもらうというのは、ますます寝覚めが悪いんで。ちょっとさっさと死ねるようにしてもらわないと
、いろんなこと考えないと、これ一つの話だけじゃなくて、総合的なことを考えないと、この種の話って解決がないんだと僕はそう思っているんです。

私は遺書を書いて「そういうことはしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだから」と渡してあるが、そういうことができないと、あれ死にませんもんね、なかなか。“という前置きを省略して、さらに”なんて生かされたんじゃかなわない“という曖昧な補足を断りなしに追加しています。

麻生副総理は、自らの死生観を語っているにも関わらず、報道では主語を隠して誘導的な補足まで加えて一般論を語っている風に仕立て上げています。こんなのは報道とは言いません。

高齢者の医療費が加速度的に増加する中で、国家財政の文脈の中で尊厳死絡みの問題に触れてしまうと倫理的な問題としてどうしても国民の反発を受けてしまうのは理解できます。十分な医療を受けられず治療を断念せざるを得ない事態に追い込まれる、と曲解することもできるでしょう。極端に言えば「国に殺される」という感覚を覚える人もいるのだと思います。

私には麻生副総理の発言内容は極めてまっとうな感覚だと思えます。もし自分が回復の見込みのない病気や事故で倒れ、その医療費が多額になるのであれば、できれば苦しまない方法で始末して欲しいと感じます。

もちろんそういう考えを持てない人もいるだろうことも理解はします。回復する可能性がわずかでもあるのであればいくら掛っても助けて欲しいという人もいるでしょう。そういう人は遠慮なく治療すればいいのです。問題は、回復の見込みがなくて放置すれば苦しい死に方をすることが見えていても、楽になれる選択肢を日本人は持ち合わせていないことです。

私を含む独身中年男子たちで飲みに行って話していると、あんまり長く生きていたくない、働けなくなったらさっさと死んでしまいたい、という人がほとんどです。当たり前です。年金もどれだけ貰えるかわからないし、仕事という人生の壮大な暇つぶしまで取り上げられ、成長を見て楽しむ子や孫も持てそうにないのですから、老後の人生に希望なんて持てるわけがありません。

日本国憲法第13条には基本的人権の1つとして幸福追求権が規定されています。思うに、「生命に対する国民の権利」には「死に方を選択する権利」も含まれていて然るべきです。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

生き方を選択することができるように、死に方を選択することができるようになり、結果として医療費の高騰を抑制することに繋がるのであれば万々歳じゃないですか。

もちろん姥捨て山の逸話のように口減らしのために恣意的に運用されることがないように法的な整備は欠かせないことです。しかし、少子高齢化社会を生きるわれわれが検討しなければならない課題の1つだと認識しています。

自分がいつ死ぬのかはわかりませんけれど、その頃には自らで死に方を選択できる世の中になっていることを望みます。

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