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ぼくが通っていた高校は”早稲田大学高等学院”という東京ではそれなりに名の通った高校である。男子校だ。当時は高校しかなかったのだけれど現在は中学部が存在するようだ。

ぼくが生まれ育った埼玉県では、各学区で最も偏差値が高い高校は、浦和高校・川越高校・熊谷高校だった。(1990年代当時。最近の事情は知りません。)すべて男子校だ。

そんなわけで、ぼくにとっては男子校というのは極めて普通の存在だった。ところが、本書によると、全国の高校の中で男子校は2.6%しかないとのことだ。どうやら公立高校で男子校が存在するのも栃木・群馬・埼玉・鹿児島だけだそうだ。全国的には男子校というのは極めて稀な存在ということらしい。

本書はそんな男子校が進学実績において上位を占めていることを切り口に、教育における男女別学の優位性を主張していく。主な論旨は以下の点だ。

  • 中等教育期(中学・高校)では脳の発育状況が2年程度男子の方が遅れている傾向がある。男女を同じペースで教育を進めるのは適切ではない。
  • 男女共学とすることで、男らしさ・女らしらのような固定観念に捉われてしまい、潜在的に自ら選択肢を狭める結果となっている。

その上で、私立の有名中高一貫校の教育方針や特徴などを紹介したり、それらの名門校出身者のインタビューが入ったり、共学から別学へ切り替えた事例などから世界的な潮流をまとめてみたり、という感じだ。後半はほとんどを前半の主張を裏付ける内容の羅列であまり面白くない。

最初は期待しながら読んでいたのだけれど、残念ながらぼくの出身校のような学校は本書の分析では対象外ということになってしまった。各校の特徴的な点についてもあまり当てはまる部分は多くなかった。(大学受験の有無という相違が大きく影響しているのだろう。)例えば、・男子だけでのびのびできる・自分探しに集中できる・徹底的にバカができる、などはその通りだと思うのだけれど、・男子のためだけに考えられた行事がある・異性への憧れや畏怖の念が深まる、などは全く心当たりがない。ちなみにぼくの出身校では、体育祭も林間学校も修学旅行もなかった。全学的なイベントと言えば文化祭だけだった。それも自由参加だったので、期間中は全日部活の練習が組み込まれていた。そんな感じだったので、3年間クラス替えもなく同じ連中50人(ただし10人くらいは留年した)で過ごしたにも関わらず、今だに連絡を取っている友人は皆無だ。卒業以来クラス会も一度も開催されたことがない。(呼ばれていないだけかもしれない。)

それでも、個人的には、高校の3年間を男子校で過ごしたことはよい面の方が大きかったと思っている。特に思い残していることもなく、人生で一番楽しかった時期のような気がする。仮に今後自分が男子を育てることがあるとしたら、一度は男子校で学ぶ時期を持たせたいと考えている。

ちなみに本書の中で、就職において同じスペックの人が残った場合には、大学名よりも高校名を見る、という話に触れられていた。この点は、企業で人事をやっている知り合いたちに聞いた話とも完全に一致する。お受験ができるような財力のある親の元に生まれなければ、その時点で高学歴から大企業へ道は相当に狭められているようだ。きっとぼくの人生にも少なからず出身高校の名前は有利に働いているのだろうと思う。非常に学費の高い学校だったようだけれど、通わせてくれた両親には感謝して止まない。直接は言わないけど。

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