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平日の昼過ぎ郊外の客先へ向かう車内で若い女性と隣り合わせになりました。彼女は黒いスーツにベージュのコートを着ていて、大きい手帳をじっと見つめていました。一見して就活生とわかる佇まいでした。

悪いとは思いながら横目で手帳を覗きました。月別のカレンダーに「13:30~ ○○銀行」やら「10:00~ ××保険」やら大手の金融機関の社名が並んでいました。それが面接なのか説明会なのかはわからないですが、結構なハードスケジュールであることだけは一目で理解できました。

しかしあの女子のリクルートスーツの眩しさはなんなのでしょうか。20代の頃に同僚たちと飲みながら女子の制服で何が一番好きかを語り合ったとき、満場一致でリクルートスーツという結論になったことを思い出しました。あの画一的なリクルートスーツは個性がなくてうんたらかんたらと大人たちは言うけれど、仕方ないですよ。親父たちはみんなあの恰好が好きなんですよ。服装一つで好印象与えられるなら安いもんです。内定取るために嘘の笑顔で思ってもない将来の夢を語るより遥かにいいです。大いに着て頂きたい。リクルートスーツを。ただし女子に限る。

参考資料:リクスー女子株式会社 | スーツ男女の写真とブラック就活用語辞典

私が大学3年生で就職活動をしたのは1998年でした。いわゆる就職氷河期というやつです。客先に向かう電車内でリクスー女子の隣に座りながら、自分のときは就職活動ってどうだったかな、と思い返してみました。思い出せたことだけ書いてみます。誰かの役に立つのだろうか。

そう言えば、あの頃ってどんな会社が人気だったのかな、と思って調べてみました。せっかくなので最近のデータと比較してみます。

就職人気企業ランキング(1998年)
順位 文系 理系
1 ソニー ソニー
2 日本電信電話 日本電信電話
3 JTB 石川島播磨
4 日本放送協会 本田技研工業
5 東京海上火災 日本電気
6 日本航空 三菱重工業
7 全日本空輸 NTTデータ
8 三井物産 トヨタ自動車
9 電通 セガ
10 三菱商事 東芝
就職人気企業ランキング(2012年)
順位 文系 理系
1 JTB パナソニック
2 全日本空輸 味の素
3 資生堂 ソニー
4 オリエンタルランド 東芝
5 三菱東京UFJ 明治グループ
6 JR東日本 カゴメ
7 三井住友銀行 資生堂
8 ニトリ JR東海
9 エイチ・アイ・エス 三菱重工業
10 伊藤忠商事 本田技研工業

(過去30年の就職人気企業ランキングより引用)

あの頃はソニーが圧倒的な人気を誇っていたんですね。たぶんPlayStationがヒットしてVAIOがヒットしてWalkmanやTrinitronは根強い競争力を持っていた、そんな頃だったと思います。液晶テレビもMP3プレイヤーもない時代のことです。サムスンはまだ新興国の三流企業だったし、アップルは落ち目のパソコンメーカーでした。たった15年、されど15年。

文系だと運輸や商社、理系だと自動車や重工業が人気だったようです。良し悪しは別にして高度経済成長期の影響が色濃く残っているのがわかります。

最近だと文系は金融が人気のようです。ニトリやエイチ・アイ・エスなど90年代には思いもしなかった企業が顔を出しています。理系はなぜか電機が今だに人気がありますが、食品関連も目立ちます。学生には物理より化学の方が人気が高いんでしょうか。

私はIT関係を志望していたので人気ランキングで出ていたような会社は一つも応募していません。ていうか当時は「IT」なんて言葉は一般的じゃなくて「システム関係」って言ってました。「コンピュータシステム」の「システム」です。時の総理大臣が「イット革命うんぬん」言って叩かれるもっと前の話です。若い人は知らないかもしれないので書いてみました。

あの頃はインターネットもアナログ回線のダイヤルアップでした。当然3分いくらで電話代がかかるので家では本当に必要でなければネットに繋ぐことはできませんでした。ヘビーユーザはテレホーダイで深夜に思う存分楽しんでいたようです。

そんな社会環境なので、就職活動のインターネット活用と言えば、一部の先進的な企業がWebサイトでの資料請求を受け付けていたくらいです。リクナビなんてなかったと思うな。あったのかな?

じゃあどうしてたかって言うと、ほとんどの企業は葉書で資料請求をしました。電話で説明会の予約をしたし、選考の結果もすべて電話連絡でした。落とされた時だけは封書が届きました。そんな感じだから就職活動を機に携帯もしくはPHSを持つ人も多かったです。

当時はGoogleも設立されてなくて、検索エンジンと言えばYahoo!のディレクトリ検索の時代でした。Webサイトを持っている企業もそんなに多くはなかったと思います。だから、そもそもどうやって目ぼしい企業を探すのかって話もありました。

不思議なことに大学3年生の年末くらいになると、どこで情報を入手したのかわからないけれどリクルートからでかい段ボール箱が届くのです。段ボールの中には企業紹介のカタログみたいなのとか、いろんな企業のパンフレットとか、資料請求用の葉書の束とかが詰め込まれていました。就活生は冊子やパンフレットでどんな会社があるのかを見て、資料請求はがきに自分の住所と名前だけ書いてポストに投函すればよくなっていました。はがきには企業の求人窓口の宛先が印刷してあって料金後納になっていました。

今思うとすごい時代ですよね。リクルート社は今年の大学3年生がどこにいるか完全に把握しているわけです。個人情報ダダ漏れ。たぶん当時は大卒が50万人くらいいただろうから、みんなに段ボールを印刷して郵送したらものすごいコストになるでしょう。それを賄ってあまりある広告費が集まっていたわけです。

私の周りだけかもしれないけれど、ほとんどの学生はダンボールが届いて初めて「あぁ、そろそろ就職活動しないといけないのか」と認識するレベルでした。当然就活サークルも就活予備校も存在しませんでした。あったのかもしれないけど意識の低い学生だった私の視界には入っていませんでした。

最近の就職活動では必須のようですが、エントリーシートというのはこの頃に一部の企業が始めたものです。当時はエントリーシートを要求する企業は稀でした。あれは採用数をいかに絞るかを目的として応募に面倒な手続きを課せば応募者が減るだろうと考えて導入されたものだと理解しています。そう言えば私もソニーは応募しようと思っていたんだけどエントリーシートがあまりにも項目数が多くてうんざりして断念した記憶があります。あれ以来ソニーという会社に対してはいい印象を持っていません。

結局30社くらいの説明会に参加して、その半分15社くらいに応募しました。書類選考やSPIで落とされることはあまりなかったですが、半分は一次面接で落とされました。いくつか記憶に残っている会社のことを思い出して書いてみます。

圧迫面接というのは一社だけありました。確か二次面接でしたけど現場の管理職くらいのおじさんと人事の若いお姉さんの2人に対してこちらは1人でした。最初に自己アピールしろと言われて志望書に書いた内容を喋り出したんですが、途中でおじさんが止めていちいち頭ごなしに否定してかかるわけです。「専門スキルを身につけてなんちゃらかんちゃ」と言うと、「じゃあ大工でいいだろう、お前大工になれよ」みたいな。

「この人は何なんだろう、何でこんなに頭が悪いんだろう」と思いながら、いろいろ言い方を変えて説明してみるんだけど枝葉末節をネチネチ突っ込んできて何やら説教までしてくる。終いには「もういい、帰れ」みたいなことを言われて追い出されました。

五反田にあった外資系のソフトウェアメーカーなんですが、今はIBMに買収されました。あのおっさん元気だろうか。死んでるといいな。

一次選考がディスカッションだった会社もありました。会計系のコンサル会社です。グループの中に何だか押しの強い人がいたのを覚えています。今なら「意識高い学生(笑」とか言われるタイプなんだろうか。人の話を聞かずに自分の都合のいいように曲解するので軽く喧嘩になりました。私は当然落とされまして。彼がどうなったかは知りません。元気だろうか。死んでるといいな。

最終の役員面接で落とされた会社もありました。これも会計系のコンサル会社でした。そう言えばここもIBMに買収されたんじゃないかな。役員の都合が付かないとかなんとかで前の面接から1ヶ月くらい待たされました。役員と1対1で面接でしたが、何だか難しい話をペラペラ話されてほとんど付いて行けず、「何か質問あるか?」と聞かれて何を聞いていいかもわからず「ありません」と答えました。終始いい雰囲気だったとは思ったのですが落とされました。その後の流れを考えると、結果的にはあの会社には入らなくてよかったと思っています。

結局その後に最初に内定をもらった外資系のコンピュータメーカに入社することになりました。たぶん内定出たのが5月くらいだと思います。正直就職活動にうんざりしていました。いわゆる自己分析っていうのをしてみると自分にはやりたいことが何もないことに気付いていたので、最初に内定が出たときに他は全部辞退して切り上げました。一部上場企業だったし歴史もある会社でした。悪くない結果だと当時は思っていました。

その会社も8年勤めて辞めました。リストラに次ぐリストラで座敷牢が国会で取り上げられる問題になりました。入社時には2000人くらい社員がいたんですが、分社したりとかもあって、辞める頃には1000人を切っていたはずです。

もう何が言いたいのかわからなくなってきました。割と大学に入るまでは順風な人生を歩んできた自分にとって、就職活動は初めて直面した逆風だった気がします。理不尽な扱いもされるし、なぜダメだったのかはっきりしないし、考えれば考えるほど自分が何者かわからなくなるし。

それなりの苦労をして自分なりに納得して入った会社も笑えるくらいの勢いで右肩下がりでした。落とされた会社たちも紆余曲折ありまして、ほとんどは行かなくてよかったと思っています。今から振り返ると、結局あの就職活動には正解なんてなかったんだなと思えます。それでも今となっては良い思い出だし、あれである程度人間的に成長できた面はあったと思います。

たぶんここ数年の就活生は較べものにならないくらい酷い目にあってるんだと思います。15年前の就活生だったおじさんが今の就活生に言えることは3つだけです。

1つ目は、無理にやりたいことを見つけることないよ、ってこと。2つ目は、自分はあれをやりたいとかこんな会社じゃないと嫌とかあまり思いこまない方がいいよ、ってこと。3つ目は、こんなことのために死ぬのはバカらしい、ってこと。

私もあれから2回転職したし、最初の仕事と今の仕事は関係ないとは言えないけど職種的には全然違う仕事です。働いていればやりたいことが見えてくることもあるし、やりたいと思っていたことがやってみたら全然わかってなかったってことも多いです。間違ったと気付いたらいくらでも修正できます。これからは少しづつ労働環境の流動化は進んで行くし、複数の異なる仕事を経験した人だからこそニッチなポジションを切り開くこともあるでしょう。

2013年の就活生のみなさん、良い結果になるといいですね。がんばってね。

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