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日本でも著作権法改正の議論が話題になっています。違法ダウンロードの刑罰化と刑罰の非親告罪化あたりが大きな改正事項になっている一方で日本版フェアユース規定は盛り込まれず、基本的には権利者側寄りの改正が目論まれているようです。

本書はローレンス・レッシグ教授の最新刊であり、彼の著作権に関する最後の著作になると言われています。著作権法改正の話題では必ず名前が出てくるので、一度は読んでおいた方がよかろうと考えていました。

商業経済と共有経済の共存が可能か?ということがテーマになっています。商業経済とは従来通りの著作物は著作権で保護されその流通には課金される世界です。共有経済とはファイル共有やリミックス音楽もしくは動画などの非商業的な文化活動が行われる世界です。これらは共存することができるし、むしろ共存できるような社会を構築することが一層の経済発展をもたらすということを訴えています。

議論のベースとなっているのは米国の著作権法ですが、知的財産権の分野は特に国際的な調和を求められる分野であり、日本の著作権法も同様の問題を孕んでいます。というか日本の方がはるかに遅れている面が大きいと思います。

今「遅れている」という表現をしたのは「インターネットを始めとする技術革新による社会の変遷に対する法改正が遅れている」という意味です。本書でも触れられていますが、元来著作権法は一般庶民には縁の無い法律分野でした。著作権は、英語ではCopy Rightであって、本質的には著作物を複製する権利です。上演権とか頒布権とか翻訳権とかその他の著作権は著作物の態様によって「複製」の定義には収まりきらないものを保護するための権利と言えます(かなり大雑把ですが)。

例えば、20年前の社会を考えてみます。書物を複製するためには印刷機やコピー機が必要でした。個人で所有するにはかなり高価です。場所も取ります。レコードやCDを複製するにはプレス機が必要でしょう。個人ではどうやって入手できるのか調べるのも難しいレベルです。映画を複製するには、、、たぶん何やら専用の機械が必要とされたんでしょう。

一方、現代では、書籍は裁断してスキャンすれば電子ファイルになります。レコードやCDは手軽に家庭のパソコンでリッピングしてmp3などの音声ファイルに変換できます。映画というかDVDも同様にmp4などの動画ファイルに簡単に変換できます。電子ファイルになってしまえばメールの添付ファイルとかクラウドストレージとかピアツーピアの何かとか、容易に複製することができるようになります。

つまり、以前は専用の機械を所有する業者しか著作権を侵害するような行為はできなかったけれど、昨今の技術革新によって個人レベルで著作権を侵害するような行為が簡単にできるようになってしまった、そのような社会事情の変化に対して著作権法が対応できていない、というわけです。

レッシグは、個人レベルでの創作を過度に規制することは文化の発展を阻害することになるし、経済成長の面でも好ましくないことを強く主張しています。そして、商業経済とこれら共有経済とが共存することは十分に可能であることを論じ、そのためにどのような法改正がなされるべきかを提案しています。

アニメ会社の法務部で働いていた私の友人は、コミケとかの同人文化は本来著作権を普通に侵害しているけれど、彼・彼女らはそもそも自分たちのお客さんなのだから権利行使するなんてあり得ない、と言っていました。現行法下では権利者が権利行使する気がないとしても形式的には犯罪になっているし、もし非親告罪化すれば警察の職権で摘発されることも起こり得るわけです。米国にはフェアユース規定があり、日本にも権利制限規定がありますが、いずれも形式的には侵害しているけれど違法性が阻却されるという構成になっています。運用次第では過剰に規制することもできないことではないのです。

訳者あとがきによれば、本書は今までのレッシグの著作と比較すると精彩に欠くかのような印象を受けました。一連の著作を初めて読んだ自分にとっては、著作権法の問題点が浮き彫りにされていてとても感銘を受けました。非常に面白かったです。他の関連著作も読んでみようと思っています。

ちなみにもっと手軽に著作権法の問題について知りたい場合には、以下の本がお勧めです。著者はスタンフォード大学でレッシグに師事した方だそうです。

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