スポンサードリンク

一般社団法人情報処理学会の学会誌『情報処理』の2013年3月号別刷は『IT・ソフトウェア特許の新潮流』でした。全体で50ページほどなのに700円します。書店では売ってないようだったのでAmazonで購入しました。Amazonすごい。

全体の構成

章立ては以下のようになっています。

  1. 知的財産とは何か
  2. 特許と情報学
  3. ITエンジニアが知っておくべき特許情報調査の基礎知識
  4. 知財紛争とディジタル・フォレンジック
  5. ソフトウェア産業の発展を阻害するパテントトロールへの対策
  6. IT・ソフトウェアの標準化と特許
  7. 特許とMPEGの25年

大きく2つの視点から編集されていると思いました。1つは特許に関係する情報処理システムを構築する側の視点、もう1つはIT・ソフトウェア開発をするときに知っておくべき特許関係の知識です。

2~4章は特許業界で利用するITシステムの概要を示すものです。後半部分で開発者としてこれらのシステムを利用する際に必要な知識として紹介しているような気もしますが、この業界を相手にビジネスをする際にも把握しておくべき内容だろうと思いました。内容自体は興味深く読みましたが、ふーん、という内容だったので感想は割愛。

5~7章では特許を取り巻く動向の中でIT・ソフトウェア業界に顕著な話題を取り上げています。5章と6章がとても勉強になったので以下に要約と感想など。

パテントトロールへの対策

5章はいわゆるパテントトロール対策について。パテントトロールとは特許権を保有しているけれど実施はせず、その特許権に抵触する企業に対して多額の損害賠償金を請求する存在です。一般には「発明を実施しておらず且つ将来実施する意図がなく且つ(多くの場合)過去まったく実施したことのない特許から大きな利益を得ようとする者」と定義されるようです。しかしこの場合、例えば大学などの研究機関が特許を取得して企業にライセンスすることも該当し得ます。そこでこれらの悪意のない場合はNPE(Non Practicing Entity)などと呼び、パテントトロールはPAE(Patent Assertion Entity)と呼び、区別するようになってきているようです。

そもそも特許制度は優れた発明をした人が自ら事業を興す資力を持たない場合にも活用できるようにライセンス制度が用意されていますから、特許権を持つ者が自ら実施せずに特許権を行使することは正当な行為です。つまりパテントトロールの存在自体は違法ではありません。とは言え、現実に真っ当なビジネスを阻害する要因にもなっているのも事実なので、制度的な対策が検討されている段階です。

現状考えられている対策は2つあります。1つは民法の権利濫用の法理でパテントトロールの権利行使を不当とするもの、もう1つは特許法の裁定実施権制度を活用するものです。権利濫用だと司法の場で適用されるので訴訟を提起する必要があります。簡単に言えばすでに問題が起きている場合にしか適用できない。裁定実施権では行政が所管するので問題を未然に防ぐことが可能ですが、差止請求にしか対抗できません。実施料を払う必要があり損害賠償の責めは免れ得ないからです。

パテントトロールの問題は行為自体は合法であるため制度的に抜本的な対策をするか現行制度の運用で対策をするか微妙な問題であると思います。この章は問題がきれいに整理されていて非常にわかりやすかったです。

標準化と特許

6章は標準化の問題について。アップルとサムスンのスマートフォン関係の特許紛争でもサムスンの特許がLTEなどの標準化技術であり、権利行使が許されるかが一つの争点になっています。先日東京地裁で判決が出た訴訟では権利行使は許されないとしてサムスン側が敗訴しました。標準化と特許の問題は特に通信関係では今最もホットな話題です。

この章では標準化と特許の歴史的な経過を追って現在の姿に至る過程を説明しています。発端は1975年にプログラムの特許権、1985年にソフトウェアの著作権がそれぞれ認められたことでした。これにより標準化を行う際に要素技術がすでに一部の企業に特許が成立している状況が生れました。そこで導入されたのが特許声明というもの。平たく言うと、特許権者は標準化に採用されることに同意すると共に特許権の行使を行わない、という宣言をすることです。

しかし、折角自社でコストを掛けて開発した技術が無償で利用されるのでは、特許権者の合意を得ることは難しくなります。そこで考え出されたのがRAND (Reasonable And Non-Discriminative)です。合理的かつ非差別的なライセンス料で提供する、という意味です。
(ここでは本書の記載に合わせてRANDとしました。アップルvsサムスンの報道ではFRAND (Fair, Reasonable And Non-Discriminatory)という用語が多く使われています。ぶっちゃけ違いはよくわかりません。財団法人知的財産研究所の標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究報告書では同じもののように書かれていました。)

このRANDを実現する手段の一つとして利用されているのがパテントプール方式ということになります。パテントプールとは標準化技術に関連する特許を一定の組織に集中して構成員はその組織からライセンスを受ける仕組みです。

特許は国が付与するものであり、標準化は民間企業間の取り決めですから、本質的に連携することは困難です。基本的には標準化に参加する者(技術を提供する者と利用する者すべて)が納得できる標準化の仕組みを模索するしかないのだろうと思います。


改めて情報処理学会のWebサイトを眺めていたら、これらの記事はpdfで公開されていました。非会員は有料だけど。情報処理学会の個人会員は年会費が社会人が9,600円、学生が4,800円とリーズナブルなので、入ってみるのも悪くないかな、と思いました。

LINEで送る
Pocket