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ぼくは実は現時点では現役のシステムエンジニアである。アメリカの会社の交換機を使ってコールセンターのシステムを構築する仕事を12年間やってきた。それはあんまり関係ないんだけど、最近ちょっと「ITリテラシー」という言葉について考える機会があったのでちょっと文章にしてみようと思ったのでここに書いてみることにした。

リテラシー(英: literacy)は、「言語により読み書きできる能力」を指す言葉で、元来「識字」と日本語訳されてきた言葉である。近年、情報化社会の進展からコンピュータの利用技術を持つか否かによって個人の可能性が大きく左右することから暗に「情報リテラシー」を示すことが多い。また、原義にはないものの「ある分野の事象を理解・整理し、活用する能力」一般をリテラシーと称する場合もある。(例:「会計リテラシー」など)
Wikipedia「リテラシー」より

ぼくの職場では「リテラシー」という言葉を聞くことが多い。日本人は識字率が99.8%あるようなので(Canpan ニュース詳細 [【ひらがなタイムズ】日本人の識字率は、数百年間世界一 (2010年7月号)])本来の意味で使う人はめったにいない。だから「リテラシー」=「ITリテラシー」という暗黙の了解の下で日常会話は展開される。

情報システムを新たにお客様に納入した時には、本稼働の直前に操作マニュアルを作成したりユーザートレーニングを行ったりすることがある。というか必ずある。そのときに「対象者の『ITリテラシー』はどれくらいでしょうか?」という話になることがある。というか必ずある。対象者のスキルによってマニュアルに記載する内容が変わってくるし、トレーニングの時間も変わってくるからだ。

日本のSI事業は、契約形態は「請負(つまり成果報酬)」が基本の割に、見積時点では「人月(つまり人数×時間)」で算出するという歪んだ慣習が常識化しているので、少しでも理由があれば多く請求するように本能的に刷り込まれているのだ。

ここで「ITリテラシー」と呼んでいるのは、ユーザがキーボードやマウスを満足に使えるか?、OS(通常はWindows)の操作に習熟しているか?、ブラウザ(通常はInternet Explorer)は使えるか?、Wordは?、Excelは?、と言った内容を指している。

しかしながら、そういう定義はもう一昔前の話なのかなと思うようになった、というのが今日の本題である。

先日実家に帰った際に両親の行動を見ていて気付いたことだ。ぼくの両親は二人平均すると70歳超の高齢者であるが、普通にパソコンでメールも使えるしインターネットを参照することもできる。でも普段ぼくが常識の範囲で利用しているネット上のサービスを全く知らないようだった。

父は定年退職後はスキーを趣味としていて、毎年数回北海道にスキー旅行に行くのであるが、埼玉県入間市の実家から羽田空港に行く方法を調べるためにネットで乗換検索ができることを知らなかった。

また、朝早い便であったので前日に品川か川崎に泊まればよいのではないかと話していたが、ビジネスホテルがネット上で空き室状況を検索して予約できることを知らなかった。

何が言いたいかと言うと、現在の日本において「ITリテラシー」というのは、もはや「如何にネット上の便利なサービスを知っていて使いこなしているか」という点に移行しているのではないか、ということ。

改めて自分が日常どういうWebのサービスを利用しているか考えてみると相当な数が思い浮かんでくる。一方で、普段同年代の人達、特にSI業界の人達と話していると、びっくりするくらいネット事情に疎いことがわかる。それは企業側がセキュリティの名目で社内からほとんどのサービスをシャットアウトしていて、本人達は「家に帰ってまでパソコンに触りたくない」という思いを持っていて、そんなことが重なって極端にネットにアクセスする機会が少ない状況になっているのだろうと思う。

もちろん情報セキュリティが如何にビジネス上重大な事項であるかは理解しているが、そのために業務の効率を低下させているのは明らかだ。そして、本来は一番ユーザに近いところで最新の技術を提供しなければいけない事業を担うエンジニアたちが使い古されたネット上のサービスすら聞いたこともないという状況は大変に残念なことだ。

最近はインドのSI事業者が日本にも進出してきていたり、プログラム領域ではオフショアが常識化してきていたりして、日本のユーザに閉鎖的な人達が多いからすぐに取って代わられることは無いと言っても、もっと危機感をもって臨まなければいけないのではないかと考えている今日この頃なのだ。

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