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村上春樹さんの新作が発売されて話題になっています。

tasakitukuru
村上春樹さんの3年ぶり長編小説発売に列 NHKニュース

最初に村上春樹さんの小説を読んだのは中学生の頃だったと記憶しています。今から20数年前の話です。たぶん『ダンス・ダンス・ダンス』でした。

それから『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』と初期3部作を通しで読み、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』へ進み、『パン屋再襲撃』などの短編集も、出版されているものは手当たり次第に読みました。

出ているものを一通り読んでしまうと一度読んだものを読み返しながら新作が出るのを待ちわびていました。以降の長編はほとんど初版を購入してすぐに読んでいました。

大学を卒業するまでは、その他の小説も多く読んでいましたけれど、仕事を持つようになると小説ばかり読んでいるわけにもいかず、仕事関係の技術書とかビジネス書とか自己啓発書とか、直接仕事に関係する本を優先して読むようになりました。簡単に言えば小説を読んでいる暇がなくなりました。

そんな中でも村上春樹さんの小説だけは他を置いて読むようにしていました。読まずにはいられなかったと言ってもいいかもしれません。

でもある時期から村上春樹さんの小説も買うだけは買うんだけど開かないようになってしまいました。いわゆる積ん読状態。あれだけ話題になった『1Q84』ですが、1ページも開いてないまま本棚に突っ込まれています。3巻とも。

そんな状態だったので今度の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は購入するのを止めました。

どうも小説に限った話ではなくて、マンガやゲームなども、自分の中で同じような傾向があるように感じています。年を経るごとに創作物に対する興味が薄れて行くのを感じます。マンガも映画もまだ観るですが、小説では特に顕著です。それはきっと、取られる時間が長いからというのが一番の理由なのだと思います。

何でなのかな、と考えてみたのですが、結論としてはこういうことです。

現実の社会で起きていることの方がずっと面白いから

社会に出てまがりなりにも一人で生計を立てて生きてくると、結局世の中のすべてのことは人間が動かしているんだな、ということが見えてきます。政治も、経済も、法律も、学生の頃には自分とは関係ないと思っていた分野のことがぜんぶ生身の人間が考えて行動することで動いていることが見えてくるし、自分が考え行動したことが少なからず社会に影響を与えているのかも、ということも感じられてきます。

若いころでも自分の身の周りにいて直接話して触れ合える人のことには興味を持てていたように思えます。社会というのは結局はそれがずっと広く大きくなっただけなんですね。そこでは何億人の考えたことが複雑に絡み合っているわけで、一人もしくは数人で想像した世界よりもずっと面白いのは当然とも考えられます。

一方で創作物は少ない人で考えるものだから安心感はあります。世の中には理不尽なことがいっぱい転がっているし自分の思い通りにならないとやはりストレスを感じます。創作物であれば、良い意味でも悪い意味でも期待を裏切られることはあるかもしれませんけれども、自分の実生活に影響を与えることはほとんどありません。読みたくなくなったら本を閉じればいい。そういう安心感はあります。

結局、小説に限らず創作物全般は、自分と社会の間を埋めるものなのかもしれません。自分は今のところ直接世の中に出ても面白く生きて行けていますが、もし世の中で生きて行くことに疲れたら、創作の世界に浸るのもいいかなと考えています。

今度の新作はそういう気分になったときのためにとっておこうと思います。

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