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津山事件をご存知ですか?

昭和13年5月21日、満22歳の青年が岡山県の山間の村で一晩のうちに30名を殺害、うち28名が即死という日本犯罪史上に残る凄惨な大量殺害事件です。

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 二十一日午前一時四十分ごろ、苫田群西賀茂村大字行重部落、農業都井睦夫(二十二年)は、かねて同人を邪魔扱いにする部落民を殺害しようと、黒詰襟にゲートル、猛獣狩用口径十二番九連発の猟銃を手にし、日本刀を腰にさし、そのうえ短刀をポケットに入れ、用意周到に同部落の電線を断ち切り、部落全体を暗黒にしたうえ、自分はナショナルランプを腹に、頭に懐中電灯に個をくくりつけ、さながら阿修羅の扮装で、まず自分の祖母いね(七十五年)の首を手斧ではねて即死せしめ、身体にはめちゃくちゃに銃弾を射ち込み、続いて隣家の丹羽イト(四十七年)方に侵入、就寝中のイトに瀕死の重傷を負わせ、昏倒するのを見澄まして(イトは同日朝死亡)、かたわらに寝ていた同人娘つる代(二十一年)を日本刀と猟銃で殺害、続いて寺井政一の一家五人、寺井好二方の一家を全滅せしめたうえ、返り血を浴び悪鬼のごとく荒れ狂い、深い眠りに落ちていた附近民家を片っ端から襲い、二十九名を射殺または斬り殺し、血まみれとなり附近の山林間に逃走したが、急報により県刑事課から国富課長ら、津山署より山本所長以下全員出動、附近消防組、青年団約千五百名の協力を得て、大々的な山狩りを行い捜査中のところ、同日午前十時半ごろ同村青山の荒坂峠付近山中で、猟銃で自殺している犯人を捜索隊が発見した。
(本書七刷11-12頁より引用)

横溝正史の代表作『八つ墓村』で、主人公の父・田治見要蔵の犯行のモデルとなった事件としても有名です。

事件の現場となった苫田群西賀茂村は現在は津山市に編入されています。因美線美作加茂駅周辺のようです。本書中でも村に電車が通ったときに一家で津山市内に買い物に行く様子などが描かれています。

地図で言うとこの辺りだそうです。


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本書は二部構成となっています。第一部が「事件」。現在も残る当時の事件報告書や生存した関係者の供述調書などをまとめています。第二部は「犯人」。犯人都井睦夫の生誕から犯行に至るまでを様々なエピソードを交えながら描きます。

事件の発生した昭和13年は盧溝橋事件の翌年です。今から75年前になります。それでも多くの資料が残されていたことに驚きます。それだけ世間に与えた衝撃が大きかったとも言えるかもしれません。ちなみに本書の初出は1981年、大幅に加筆修正した文庫版は2001年初版だそうです。

犯人・都井睦夫は生まれてすぐに両親を肺結核で亡くします。以降、姉みな子とともに祖母いねに育てられています。都井睦夫は子供の頃から身体が弱い面はあったものの、学校の成績は極めて優秀であり、級長を歴任します。祖母いねはそんな睦夫を溺愛し、大変甘やかされて育てられました。

都井睦夫は成績が優秀だったため、尋常小学校卒業後は中学への進学を希望しますが、地元には中学はなく、町で下宿せざるを得ないことに祖母が反対したことで進学を断念します。

同じ頃に肋膜炎を患った都井睦夫は家業の農作業も控え自堕落な生活を続けます。田舎の集落のため娯楽もなく部落内の多くの女性と関係を持ち、人妻にも手を出したことで多くのトラブルを起こします。

そんな折、都井睦夫は徴兵検査を受け、そこで軍医により肺結核と診断されます。両親とも肺結核で亡くしている都井睦夫は非常なショックを受けます。

こうして自暴自棄になった都井は、かねてから自分を疎外する部落民に対する復讐を決心します。自らの名義である土地家屋を担保に借金をして、日本刀や猟銃、匕首などをかき集め、昭和13年5月21日深夜、凶行に及ぶのでした。

本書はいろいろな意味で興味深い本でした。まず、都井睦夫の生まれた大正6年から昭和13年までの地方山村の庶民の生活が窺い知れる資料となっていることです。

また、当時の重大な事件なども紹介されています。特に、昭和11年に発生した阿部定事件には多くの紙幅を割いています。これは都井睦夫自身がこの事件に異常な興味を持ったことも関係しています。そのことが本書の結論にも大きな影響を与えています。私は阿部定の名前は承知していましたが、事件の概要も発生した時期すらもよく知りませんでした。

クライマックスである凶行の描写は圧巻です。どこまでが真実でどこまでが著者の創作なのかは判然としませんが、まるでその場で見てきたかのように生々しく淡々と殺戮の状況が描かれています。ややもすれば現実に起きた事件であることも忘れて引き込まれてしまう凄味を持っています。

この事件は古く十五年戦争中の事件であり、犯人が自殺した結果、結局真相はわからず終いとなりました。遺書や生存者の供述からは、プライドの高い犯人が病気により自暴自棄となり日頃から感じていた部落民からの迫害意識を炸裂させたのが直接の原因だろうことが窺えますが、著者は最後にもう一つの可能性を提示しています。

「阿部定は好き勝手なことをやって、日本中の話題になった。わしがどうせ肺病で死ぬなら、阿部定に負けんような、どえらいことをやって死にたいもんじゃ」
(本書七刷348頁より引用)

犯人の満たされることのなかった強烈な自己顕示欲が発露した結果なのではないか、そんな指摘です。

遠い過去の事件であり、技術がいくら進歩したとして、人間の考えることはそれほど変わらないのだということを感じます。同じような事件がまた現代で起きてもおかしくはないかもしれないとすら感じました。

どこまでも悲しい事件だと思います。

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