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乙武洋匡さんが銀座のイタリア料理店で入店拒否された件で学生時代のエピソードを語られている方がいました。

乙武さんを2階まで運んだことのある人間として
http://anond.hatelabo.jp/20130520221917

私も彼と同時期に同じ大学に在籍していましたので、何となく思い出して書いてみようかと思いました。と言っても接点は何もないので大した話ではありません。

私は彼と同じ1976年生まれ。私は1995年に早稲田大学法学部に入学しました。彼は一浪して1996年に早稲田大学政治経済学部に入学しました。法学部の8号館と政治経済学部の7号館は有名な大隈銅像を挟んで対峙して建っています。

大隈銅像から大隈講堂に向かうスペースはかなりの幅があって中庭と言ってもいいくらいの広さです。その端にはベンチが並んでいて、私は昼休みなどにはよくそこに座ってボケーっとしていました。昼休みだけじゃなく、授業時間中もだけど。

乙武さんは当時から現在とあまり変わらない、あの電動車椅子に乗って、その中庭的なスペースを闊歩していました。いつも多くのお友達に囲まれていたことを覚えています。彼が一人で移動していたのはどう頭を捻っても思い出せません。冒頭に挙げた記事の筆者もそんなお友達の一人なんだろうと思います。

最近は早稲田大学も校舎を順々に近代的なビルに立て替えていますが、当時は戦後まもなく建てられた歴史的な建築物でした。7号館はまだ建て替えてないんじゃないかな?確か、7号館の入り口はスロープになっていました。エレベータは付いてなかったんじゃないかな?あったのかな?

たぶん校舎ごとに設備が違ったはずなので詳しくは覚えていません。私の記憶が確かなら8号館にはエレベータはなかったはずです。いずれにしてもキャンパス全体として、バリアフリーという意味ではお粗末もいいところな設備だったのは間違いありません。

キャンパス内で彼の姿を初めて見たとき「あぁあれがあの人か」と思ったのを何となく覚えています。何がきっかけだったのかはどうしても思い出せないのだけれど、世間知らずな自分でもそういう人がいるということを承知しているくらいには、その近辺では名の知れた人だったんでしょう。『五体不満足』が出版されるもっと前の話です。

当時はまだキャンパス内は学生運動的なことに青春を捧げている人たちが多くいました。あの頃の一番ホットな話題は、いわゆる「薬害エイズ問題」でした。東京経済大学の学生である川田龍平さん(現みんなの党参議院議員)が実名公表して市民運動の旗頭に担ぎ出されていて、キャンパス内には「川田龍平君を救おう!」みたいな立て看板が所狭しと並べられていました。

そんな時代だったので、身体的に不自由な人は身近に溢れているんだ、心身ともに健康な諸君は彼らを助けてあげて然るべきだ、という時代の雰囲気があったような気がします。乙武さんの周囲に親切な学生が絶え間なく集まっていたのは、もちろん彼の人徳のなせる業なんでしょうけれど、そんな時代の空気もプラスに働いていたんじゃないかな、なんてことも思っています。

結局、乙武さんも川田さんも、今となっては心身ともに健康な私なんぞよりも遥かに社会的な強者として君臨していて、あの頃のあれは何だったんだろうな、なんてことも思わなくもありません。気が付いたらこっちの方が救って欲しい状態になっているなんて。

とにかく私の記憶の中では、乙武洋匡さんはいつもお友達を引き連れて楽しそうにキャンパスライフを謳歌している、今で言うところのリア充な男の子でした。友達もできずやりたいこともなくただベンチでボーっと焼きそばパンをかじっていた自分としては、むしろ苦々しいくらいの存在でした。見かけると遠くから「リア充爆発しろ」と念じていました。

彼が障害者で社会的弱者なのだ、という意識は私にはありません。当時も今も。

今回の騒動に関して、自身のブログで、彼はこう言ってます。

 お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、これまで困ったことがなかったのだ。
(イタリアン入店拒否について | 乙武洋匡オフィシャルサイトより引用)

40年近くあの電動車椅子で生活して来て、今の日本社会で不自由な目に遭わないことが、一般的な障害者の実態のわけがないですよね。

もし彼が強がりでなく本当に今まで不自由な目に遭ったことがなかったのだとしたら、彼が周りの人々に手厚く守られて生きて来れた極めて幸運な人だということを表しているのだと思います。少なくとも学生時代の彼は、私が目にした断片的な部分だけでも、周りの人々に支えられて本来よりも遥かに低い負担で生きているように見えていました。

それは彼の人徳のなせる技だし、別に責められることでもありません。だけれども、今回の言動を見るに、どうやら彼の中では周りの人間の心遣いがあって自分の生活が成り立っているのだと言う意識が抜け落ちていたんだな、ということは感じました。

私はこれまで乙武さんと同時期に同じ大学に通っていたことを密かに誇りに思うところもありました。心の中で応援してきました。だから、今回の件は本当に残念でした。幻滅したと言ってもいいかもしれません。

ただただ、残念です。


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  • じゃっきー

    今回の問題の件で、いろいろな著名人や著名ブロガーがagoraやブログでコメントしていましたが、主様のブログが一番自分の腹に落ちました。

    確かに、今まで確認せずともレストランに入れたのは、彼の人徳によるところが大きいのでしょうが、それにより特別に扱われることに慣れてしまったところが気になりました。
    本来であれば、そうした人を健常者と同じように接することが本来のバリアフリーの社会であると思うのです。(社会でのインフラの整備が必要でし、皆そんな気構えがいつでも備わっていることが必要ですが)

    そして、擁護する人達のコメントにあまりに汚いものあり、がっかりしました。
    『障害者全員で店に押し掛けよう』とか
    『店主が事故で障害者になれ』とか目も当てられないコメントでした。

    この乙武さんを擁護している人達が、とても偽善に見えました。
    障害のある乙武さんを差別なく扱い擁護する自分に酔っているような感じです。

    この人達は普段の生活ではもしかして大人しい性格で、もしかしたら何かに虐げ上げられて、その鬱憤を今回の件に乗じて放している、そんな感じさえ受けました。

    • じゃっきーさん、いつもコメントありがとうございます。
      他の障害者の方の意見も見えて来ましたが、やはり彼は障害者の中でも極めて恵まれた状況にあることを感じます。若い頃はちゃんと周りの状況に感謝の心を持つことができていたから、あの「五体不満足」も書けたのだと思います。
      乙武さんが最初から「自分がムカついただけ」と言っていればよかったのに「他の障害者のために」みたいなことを言い出したから話がおかしくなってしまったんだと思います。
      私も今回の件に乗じて本題とは違うところで好きなことを言ってる人たちは、ただ日頃の鬱憤を晴らしたいだけのように見えました。
      可哀そうな人たちですね。

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