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最近何かと話題の『はだしのゲン』を改めて全体を通して読み直してみました。Kindleで文庫版が電子化されていたので全7巻を大人買いしました。1巻と7巻が315円、2~6巻が550円、計3,380円でした。

『はだしのゲン』は広島県出身で自らも被爆者である故中沢啓冶さんによる戦時下及び戦後初期を題材にした漫画です。連載は1973年に少年ジャンプで開始され、いくつかの雑誌に移籍しながら1985年に完結しています。

私もご多分に漏れず小学校の図書室で幾度となく繰り返し読みました。そもそも図書室に置いてある漫画自体が少なくて、堂々と学校内で読めるというそれだけの理由でみんな読んでいたんだと思います。少なくとも私はそうでした。

この漫画が昔も今も人気を誇る理由の一つは、凄惨な原爆の投下シーンの描写です。原爆の熱風で皮膚が溶け身体にガラスが突き刺さったまま助けを求めて彷徨う被爆者たちの描写は子供心にも大きなショックでした。

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全体の感想

子供の頃は夢にまで出てきそうにショッキングな描写でしたが、大人になって改めて見ると「あれ、こんなもんだったっけ」という印象でした。私自身が広島と長崎の原爆資料館に両方とも行ったことがあり、当時の写真を見ていたからというのもあるかもしれません。

絵柄も記憶の中ほどにはリアリティがなく、やはり子供向けに配慮されていたのだろうと感じました。もっと執拗に凄惨な場面が繰り広げられる記憶があったのですが、原爆投下シーンに関して言えば数ページ程度、翌日以降の遺体回収シーンや度々描かれる回想シーンなどを含めても、全体として50ページもないんじゃないでしょうか。

子供の頃はまったく気付きませんでしたが、歴史認識についてはかなり偏った見解を示していました。特に第二部以降は天皇の戦争責任について執拗に語られる場面が多くなります。戦争は昭和天皇と軍部が金儲けのために勝手に始めたことと言い切っていて軽く衝撃を受けました。

物語全般を通して、生きるためなら何をやってもいいという倫理観が通底しています。盗みや暴力、人殺しまでが手放しで容認されていました。第一部で弟分の近藤隆太がヤクザを殺した後は感化院に入りますが、その後に何人かを復讐のために殺人を犯しても平然と逃亡しています。

戦中戦後の日本の状況をある面から描いた真実の物語として大変貴重な作品であることは確かだと思います。しかし、極端な描写や主張が多いので、別の面から描いた作品も併せて読むことがこれからの日本人には重要なことだと思いました。

具体的に挙げるのは難しいですが、私の狭い見聞の中では、やはり小林よしのりさんの『戦争論』になるかなぁ。小学生にはちょっと難しいかも知れないなぁ。

いわゆる閉架の問題

島根県松江市の教育委員会が『はだしのゲン』に一部過激な表現があるとして図書館において自由に閲覧できない閉架の措置をとるように市内の小中学校に要請していた問題です(参考)。

一応、8月26日、松江市教育委員会の臨時会合で閲覧制限の要請は撤回されることが決定した模様です(参考)。

閲覧制限すべしという結論になった問題の表現は、物語終盤における旧日本軍兵士の性暴力の描写であることが、その後の報道で知られています(参考)。

問題の箇所は、主人公・中岡元が中学校の卒業式で国歌斉唱を拒否した場面です。中岡元は中学校の教諭陣に対して、旧日本軍が行ったとされる残虐な行為を例に挙げて、そのような残虐な行為を行わせていた首謀者である天皇陛下を讃える歌など歌えない、という文脈でその理由を説明していました。

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で、この手の描写はこの2ページのみです。この描写が中岡元の伝聞によるイメージであることは、通常の読解力のある人間であれば小学生でも理解できる文脈で描かれています。私にはそれまでの描写から大きく主張が変わったようには感じられませんでした。多少、天皇陛下に対する憎悪の念が強まっていく印象はありますが、主人公が成長していく中で勉強をして考えが固まって行ったものと解釈するのが自然だと思います。

確かに多少過激な表現であることは否めないにしても、1巻約370ページで全2,600ページ弱からなる全編の中で、この手の旧日本軍の蛮行とされる描写は2ページのみです。私には、全巻を閲覧制限するほどまでに問題のある表現とは到底思えませんでした。

私も再読する前までは物語の後半はあまり面白くなかった印象がありましたので、「変な描写もあったかもしれないなぁ、それでも後半だけ制限すれば済む話じゃないかなぁ」くらいの気持ちで読んでいました。

でも再読して確信しました。問題とされた箇所の描写は文脈を正しく理解できる人から見れば特段に過激なものでもありません。これを閲覧制限しなければという発想に至る教育委員は頭がおかしいとしか思えません。閲覧制限の要請が撤回されてもこのような判断をする教育委員が居座るのであれば根本的には何も解決していません。抜本的な解決がなされることを期待します。

図書館で自由に読めて当然とは思わない

閉架については反対なのですが、この問題についてもう一点違和感を感じていた部分があります。反対派の人たちの一部に、図書館で自由に読めるのが当然だ、とでもいう論調があったことです。

 松江市教育委員会が市立小中学校に「はだしのゲン」の閲覧制限を求めたことに対し、「自由に読めるように戻してほしい」と求める電子署名活動がインターネット上で始まり、19日夜までに約1万人分の署名が集まった。
【はだしのゲン】 自由閲覧求めネット署名1万人/「惨状見ることは大切」と広島市長 : 47トピックス – 47NEWS(よんななニュース)

どうにも教育に良いものであれば図書館で自由に読めるのが当たり前という風潮が感じられ、とても違和感を覚えます。本来この漫画は商業ベースで発行されて単行本が発売されているものです。この漫画の販売に生活が掛かっている人たちがいるということです。

別に発禁になったわけでもないし、3,300円ほどを払えば全巻読める状態が維持されているわけです。実際にAmazon.comではこの問題の前と較べて売り上げ部数が3倍に増えたと言う報道もされています。本当に子供の教育のために読ませたいというのであれば親が買って読ませればいいのです。

私は以前から公共の図書館に文芸書や実用書が収蔵されていることに非常に違和感を感じています。図書館の本来の役割から言えば、高価だけれど需要が限定的な書籍、要するに商業ベースでは採算が取れないような有用な書籍を収蔵すれば事足りると思っています。

社会が発展途上であり、書籍が庶民には手が出ないくらい高価な状況であれば、娯楽本の類が収蔵されてもいいでしょう。でも、日本はすでに世界有数の先進国なんです。流通も高度に発達して中古本市場だって行き届いています。この社会状況の中で、図書館で自由に読めるべきだ、という主張には諸手を上げて賛成はできません。

そもそもこれって曲解すれば「買って読ませるほどのものではない」と言っているのと同じで、第一に作者の中沢啓次さんに対して失礼な話なのです。

今回は理由があれなので私も閲覧制限には反対ですが、もし何かしら合理的な理由で図書館から姿を消すことがあったとしても、入手手段が残されているならば、それはそれで受け入れるべきだと思います。

まとめ

『はだしのゲン』を再読して、この作品は紛れもなく名作だと改めて思いました。できるだけ長く後世の人々に受け継がれて欲しいと思います。

この作品を閲覧制限しなければいけないという判断を下す教育委員は無能です。要請を撤回したから済む話ではありません。教育委員会の改組を含めて抜本的な対策が必要と感じます。

図書館で自由に読めるのが当たり前という風潮には疑問を感じます。商業ベースで流通している以上、必要だと思ったら買って読みましょう。本当に作者の中沢啓次さんに敬意を示したいならそうすべきです。

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