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少し前の話になりますが、2012年7月30日(日)、島根県益田市で市長選挙が行われ、無所属新人で前市議の山本浩章氏が新市長に当選しました。

選挙:益田市長選/益田市議補選 市長選、山本氏が初当選 人口増訴え、幅広い支持−−投票率過去最低 /島根- 毎日jp(毎日新聞)

敗れた現職の福原慎太郎氏は前回2008年の市長就任時、当時全国最年少市長(35歳)でした。地元で生まれ育ち早稲田大学を卒業、本田技研を経て松下政経塾で学んだ若き市長に、益田市民が大いなる期待を抱いたことは想像に難くありません。

益田市の人口は5万人。県庁所在地でもないこの規模の地方都市だとなかなか地元の事情は伝わってこないのですが、中国新聞が選挙戦の分析を詳細に報じていたので、興味深く読みました。
益田の福原市長、4年で退任 – 中国新聞

 4年前、当時の全国最年少市長としてデビューした益田市の福原慎太郎市長(39)が1日、任期を終えて退任した。公約の「市職員半減」を掲げ続ける中、副市長が3人交代するなど、市政運営は安定感を欠いた。松下政経塾出身の「改革派」はなぜ、市長選で敗れたのか―。

 福原氏の「最大の公約」だった職員半減。就任当初、「早急に示す」としていた職員削減の具体策の公表は遅れ、任期満了直前のことし3月末にずれ込んだ。

 就任時の半数に当たる250人体制を2025年度に実現するとした市の計画は、毎年8~12人の早期退職を想定するなど「数字合わせ」が目立った。

 政治姿勢の根幹をなす財政再建も、任期終盤はぶれが目立った。典型が中世の港湾遺構「中須東原遺跡」への対応だ。ことし2月に全面保存方針を示したが、予算編成の大詰め段階で調査費など約5700万円を追加。市の貯金に当たる財政調整基金を4年ぶりに取り崩す事態に陥った。

 「国の大型補助が見込める」「借金の返済は国が面倒を見る」…。遺跡保存やケーブルテレビ整備などの大型事業を進める際、福原氏は財政懸念の払拭(ふっしょく)に努めた。しかし、その姿勢は国家財政が急速に悪化し、消費税増税が検討される中で市民の理解を得られたかどうか、疑問が残る。

これを見る限り、言うことは景気がいいけれど実行力が伴わない、典型的な政経塾崩れに見えるわけです。国政にもしばしば見られますよね。野党時代はテレビ等でズバズバ言ってた割に、政権をとって大臣になってみたら官僚に手足縛られてパペットマペットみたいになっていた国会議員たち。

上記の中国新聞の記事では評価されていた点も挙げられていました。

 一方、「益田を全国にアピールしたいという意欲を感じた」(若手職員)と福原氏を評価する声もある。育児休暇の取得や骨髄提供など、市長自身がニュースの発信源になることはあった。だが、骨髄提供者の休業補償制度の発表が浜田市に遅れるなど、先進地の後追いに終始した。

これだけ見るとやれたことは自分の判断で自由にやれる範囲のことだけだったように見えます。自ら率先して市民の意識を高めることも重要だとは思いますが、それを市政レベルで実現できていないことを考えると、やはり実行力不足の感は否めません。

もちろん若い市長が高齢化の進む地方都市で住民の理解を得ながら市政を押し進めるのは大変な苦労だと思います。市議会議員の年齢構成は調べきれなかったのですが、島根統計情報データベース 推計人口>年報>平成23年(2011)から「第8表 市町村・年齢(各歳)別人口」を集計すると、50代~70台で50%近くになっています。30代の市長が厳しい目に晒されることは容易に想像できます。

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さて、今回なぜ個人的に縁もゆかりもない島根県益田市のことを書こうと思ったかと言うと、福原慎太郎前市長が大学の先輩にあたる人だからです。

福原さんは私が大学1年生のときの4年生でした。彼は1年留年して5年生までいたので2年間ほどの付き合いでしたが、同じサークルだった関係で卒業後もたびたび顔を合わせることがありました。だから、ホンダを止めて松下政経塾に入ったことも、1回目の市長選で現職に敗れたことも、2回目で念願の市長に当選したことも、いつもアンテナを張って追ってきました。

学生時代の福原さんはとても気さくな人で、いつもニコニコしていて、先輩からは可愛がられ後輩からは慕われ、いわゆるムードメーカー的な存在でした。3つ下で酒癖の悪い後輩(私)にもいちいち気に掛けてくれる、まさに絵に描いたような好青年でした。

それでも私は彼のことがあまり好きではありませんでした。彼の言うことはいつもピカピカの正論で、子供だった自分は「あんたの言いたいことは間違ってないけど、息苦しくって気に入らない」、そんな非論理的な反感を抱いていました。

今回こうして4年間の福原市政が選挙民によって否定された事実を前にすると、私にとっては「あーやっぱり」という思いが最初に頭に浮かびます。たぶん私が学生時代に、福原さんに対して説明のしようのない反感を覚えたのは、「あんたの言うことは正しいかもしれないけど、あんた、まだ何もやってないじゃん」という感覚だったのかな、なんて思います。だからこうして、「やっぱりあんた、何もできなかったじゃないか」と言えるだけの事実が目の前に積み上げられてしまうと、逆にさみしい思いを拭いきれません。

あの頃自分がもう少し大人で、自分が漠然と感じている彼の危うさのようなものを的確に指摘できていたら、福原さんにとっても5万人の益田市民にとっても、この4年間をもう少し有意義なものにできたのかもしれない、なんて傲慢なことも思わないでもないわけです。

とは言え、福原さんはまだ39歳。30代で市長を経験し、そして多くの失敗をしたことは今後の政治家人生に多くの糧となるでしょう。今後の身の振り方は決まっていないようですし、国政に出るのではという憶測も流れているようです。私は学生時代から彼の故郷・益田への思いをうざいくらいに聞いていましたから、彼が国政に出るのであれば非常に違和感を感じますけれど、まずは元気に思うところを進んでいただけると後輩冥利に尽きるところであります。

同じ場に居合わせれば話もするんですけれど、なかなか遠方に向けてわざわざ連絡取るほどの仲でもないものですから、こんなところに書きこんでみましたよ。

がんばれ!慎太郎!!

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  • 中島薫

    パソコンを子供のと取換えてお気に入りに登録中に発見!後輩ながらよく彼の性格等を見抜いていますビックリです これしか見ていませんが面白過ぎです 山本市長の奥さんは、高校の福原さんの同級生か 後輩ですが
    全く同じようなことを言われていました
    以上、感情なしの言葉です

    • 中島薫さん、コメントありがとうございます。
      大学を卒業してから数えるほどしかお会いしていませんが今でもあまり変わっていないようですね。