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サラリーマンの一人暮らしで馬鹿にならない生活費は、実はクリーニング代です。

平日は毎日Yシャツを着るわけですけれど、アイロンをかけなければYシャツはしわくちゃになってしまうし、しわくちゃのYシャツを着るくらいなら洗わないでファブリーズで消臭だけして毎日着た方がはるかにいいです。でもやっぱり毎日同じYシャツを着ると袖口や襟口がどす黒くなってきて、物理的な実害よりも精神的なダメージがとてつもなく大きくなってきたりします。とは言ってもYシャツにアイロンをかけるのは意外とテクニックが必要で、私なんかだと一枚に15分くらいかかるから、1週間分でも1時間半くらいを費やさなければいけません。

そんな紆余曲折を経て、大体5年もサラリーマンをやった頃には、Yシャツはすべてクリーニングが一番という結論になります。私は2年でその結論に到達しました。

さて、今住んでいる町に引っ越してきてもう10年になります。東京の住宅街なので人口だけはとてつもなく多くて、クリーニング屋もそれに比例して結構な数が存在するようです。うちから駅まで10分強かかるのですが、その間に4軒のクリーニング屋が営業しています。

最初はうちから一番近いチェーン展開のクリーニング屋を使っていたんですが、営業時間が長いせいか単価が高いのと、パートと思われるいつもいる店員の態度が悪いのと、いろんな不満が溜まっていて、ある日クリーニングに出しに行ったら休業日だったので、その勢いで駅前の他のクリーニング屋に乗り換えることにしました。それがおばちゃんとの出会いでした。

独身の一人暮らしで外食する余裕がないくらいの薄給だと、地域社会との繋がりはほとんどありません。せいぜい、朝の通勤時間が同じおじさんだとか、スーパーのレジ打ちを長く勤めているおばちゃんとか、顔はわかるんだけれども挨拶もしないし個人的な会話なんてもちろんない、そんな程度の人間関係しかないのです。

その中で乗り換えた先のクリーニング屋のおばちゃんは数少ない地元で会話を交わす人物でした。考えてみると2週間に一度は顔を合わせているし、スーツのボタンが取れそうになってるとチョチョっと直してくれたり、本当は有料で販売している袋をサービスしてくれたり、こっちが風邪っぽいと飴をくれたり、このクリーニング屋があるだけでこの町からは離れたくないなぁ、ってそう思える人でした。

そのクリーニング屋が来月閉まることがわかりました。

いつものように大量のYシャツとスーツを持ってクリーニングを出しに行ったのですが、受け付けと引き取りとひとしきり終わったのに、おばちゃんの様子がいつもと違うのです。で、何も言わずに奥から大きい模造紙を取り出してきました。

「ごめんなさいねー」とか言いながら模造紙を開いて見せてくれたのが、閉店のお知らせでした。

そのおばちゃんはそのクリーニング屋に嫁に来た人でした。そのクリーニング屋は地元で数店舗構えていて、駅前などの店舗で受け付けたクリーニング品を工場に集めて一括してクリーニング作業を行っています。工場は旦那と親世代(おばちゃんから見て舅姑たち)が回していました。でも舅姑たちもさすがに歳でそろそろ仕事が厳しくなってきました。

おばちゃんは嫁入りしてから30年間クリーニング屋の店頭に立ち続けていました。きっとその間に小さい子供が成長して大人になるのも見たでしょう。独身男性が所帯を持って子供のクリーニングを持ってきたこともあるでしょう。おばちゃんは、地元のお客さんがみんな好きで、本当にここを離れるのが辛いと目に涙を溜めながら話してくれました。

たぶんいろんな選択肢はあったんだろうと思います。出した結論は駅前の店を閉めておばちゃんが工場の仕事に入ることでした。残念だけれどきっと仕方のないことなのだと思います。少なくとも私にできることは何一つありません。できることは今までお世話になったことについての感謝の意を伝えることだけでした。

東京はうんざりするくらい人が多くて、溢れるくらいにいろんな店があるけれど、その一軒一軒が時間の流れの中でいろんな選択を迫られて、いろんな決断をしているんですね。普段何となく暮らしていると気付かないけれど、すれ違う全ての人々が唯一無二の人生を歩んでいるのだなぁ、なんて言葉にすると当たり前すぎることを改めて実感したのでした。

おばちゃん、長いことありがとうございました。できたら嫁の顔でも見せられたらよかったんだけど、全然無理でした。ごめんね。

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