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『官僚たちの夏』や『落日燃ゆ』で有名な作家、城山三郎さんが奥さんとの思い出を綴ったエッセイ『そうか、もう君はいないのか』を読みました。

2009年には田村正和と富司純子でTVドラマ化もされました。日本の民放ドラマで初めて第49回モンテカルロ・テレビ祭の最優秀男優賞を受賞したそうです。

と言っても、私はTVドラマは観ていません。ちなみに城山三郎氏の作品は一つも読んだことがありません。

さて、この作品は、城山三郎氏が妻容子さんと出会い、一旦は家族の反対で引き離されながらも再会して結婚する顛末から始まり、容子さんがガンで亡くなるまでを、様々なエピソードを思い返しながら綴ったものです。

全般的に城山三郎氏の容子さんに対する愛情が散りばめられており、また、作中で描かれる容子さんの言動も城山三郎氏に対する愛情に満ちています。

出会って結ばれるまでの展開はなかなかドラマチックなものではありますけれど、それ以降の二人でともに人生を歩んでいく姿には特段盛り上がりがあるわけでもありません。それでもどの場面でも互いに気遣う姿が垣間見えて、二人が深く愛し合っていたことだけは伝わってきます。

生涯を共にした夫婦の変わらぬ愛を存分に描いたいい話であると思いました。

しかしながら、文学作品としてはあまり質の高いものではないと感じました。

私は城山三郎氏の著作は一つも読んだことはないですが、この作品の文章は極めて質が低いと評価せざるをえません。以前読んだ本多勝一著『日本語の作文技術』では、悪い日本語の例として「体言止め」を挙げていました。本作の文章では不必要な体言止めが多用されていてナルシスティックな印象が強い文章でした。

話の展開もチグハグな印象を受けました。特に、子供をもうけて茅ヶ崎へ安住したところまで描いた後、突然何の説明もなく子供たちが巣立って夫婦二人になった場面へ飛んだりしていて、読んでいて若干戸惑うところもありました。

正直言って、評判の割にはぜんぜんいけてないなぁと思いながら、最後まで読みました。その後、あとがきを読んでいて、初めてこれらの違和感の謎が解けました。

この作品は、一連の作品として制作されたものではなく、城山三郎氏の死後、介護していた娘が遺品を整理する中で書斎から発見した散文の中から奥さんとの思い出に関するものを編集して出版したものだそうです。

おそらく最初からそうした事情を承知の上で読み進めていれば、話の展開の違和感も耐えられただろうし、日本語がこなれていないのも他人に読ませる前提ではなかったのだろうと許せただろうと思います。

城山三郎氏のファンがこのような経緯で出版されたことを理解した上で読む分には十分楽しめるとは思います。前書きに一言あるとよかったんじゃないでしょうか。

私はというと、逆に城山三郎という作家に興味が出てきました。有名な小説も多いので時間があれば読んでみたいと思っています。


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『日本語の作文技術』本多勝一(著)

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