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私は2014年2月13日未明に父を亡くしました。正確には2014年4月2日が四十九日ですが、平日にやるわけにもいかないので、直前の日曜日にあたる3月30日、四十九日の法要を執り行いました。

前日は遠方から来る叔父叔母たちとホテルの近くで食事を取りました。相続手続きのために取得した曽祖父の戸籍などを持っていき、いろんな親戚たちの血縁関係や近況などを聞きました。

子供の頃に会った遠い親戚などはかすかに名前は覚えていても自分との血縁ははっきりしないものです。戸籍を見ながら誰が誰と誰の子で、この人は父の従兄弟だ伯父だと話を整理するのは、点と点が線で結ばれていくようで、なかなか興味深かったです。

当日は朝から霊園に併設された本堂でお経を上げてもらい、そのまま納骨を済ませました。天気予報は雨の予報で、実際昼頃にはかなり本降りになっていましたが、幸い納骨の最中は天気が持ってくれて、無事に納骨も済ませることができました。

その後はレンタカーとタクシーに分乗して料理屋へ移動しまして、お斎をいただきました。葬儀屋さんに紹介していただいた地元では定番の料理屋だそうで、窓からの景色もよく料理も大変おいしゅうございました。

家に帰ると葬儀屋が来て、1か月半わが家に鎮座ましました仮祭壇を回収していきました。1か月半毎朝毎晩焼香を上げた遺影と骨壺がなくなり、高さ20cmほどの位牌になって新調した仏壇に収まると、部屋が異様に広い感覚があります。2月12日までと同じ風景なのに、やはり人が一人いなくなったのだな、ということが改めて認識されました。

生きていた父が遺体となって帰ってきたときや、遺体が葬儀を経て骨壺になって帰って来たときよりも、喪失感は大きいように思います。

それでもいきなり遺体が位牌になって戻ってくるよりは、1か月半の間、遺影と遺骨と共に暮らすことで、ずいぶんと緩和されたように思えます。私は無宗教の人間で、仏教上の決まり事にはほとんど興味がなかったのですが、ちゃんと考えられているんだなぁ、と感心しました。

本日集まった13人は、70代が4人、60代が4人、40代が1人、30代が2人、幼児が2人の構成でした。私が独身なのが主たる要因とは言え、近い親戚の3分の2が高齢者という現実には衝撃を受けます。そんな中でも子供たちは場を明るくしてくれて、わが家の宝を大事に育ててくれる兄夫婦には頭が下がります。

若い頃は本当に親戚付き合いが苦手で、就職してからは距離を置いていたのだけれど、この1か月半で血縁の重みを強く意識しました。おそらく今後は親戚が集うような場には私が父の代わりに母と出席する機会が多くなると思います。

それはそれで悪くないんじゃないかな、と思えるようになりました。


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