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特許の仕事をしていますと大学の特許出願を取り扱うこともあります。昨今は技術が複雑化していて発明者が一人ということはあまりなくて、発明者が複数いる共同発明がほとんどです。

大学関連の出願だと、大学教授が筆頭発明者でその他にポスドクや院生が共同発明者に名を連ねるパターンが多い気がします。実際にはポスドクの人が中心になって研究を進めている場合が多いようで、発明の内容について話を聞きに行くとポスドクの人がすべて対応してくれたりします。

さて、そんなわけで、私自身は学部卒の低学歴なんですが、博士号取得者と日常的に触れあうことも多い状況にあります。雑談レベルで話しているとやはり不安定な環境で仕事や生活をしていて気の毒に感じる面は多いです。ふと以前そんな本が話題になっていたな、と思い出して今さらながら本書を読んでみました。

本書の著者は水月昭道さん。九州大学大学院で博士号を取得しましたが、非常勤講師など非正規雇用の職しか得られず不安定な身分で生活しています。

本書では、博士後期課程を修了した高学歴者たちの多くがいかに苦しい生活を強いられワーキングプアと化しているかを統計資料や取材を通して明らかにしています。そして、なぜこのような状況が発生してしまったかを、主に大学院重点化の弊害という観点から説明しています。また、大学における正規雇用と非正規雇用の格差を克明に綴り、最後に事態を改善するための提言をしています。

前半、非正規で不安定な生活に苦しむ高学歴者の実情や、これを生み出した大学院重点化の歴史とそこに至る経緯が非常に整理されていて興味深く読みました。後半はかなり個人的な恨み節が色濃くなってきて感情的な内容が鼻をつくようになり残念でした。一般的にはやはり自己責任の範疇と捉えられるのは避けられないし、著者自身もそれは理解しているようですが、それを覆すほどの説得力はないように思います。

本書を読む限り、高学歴ワーキングプアに陥る人たちの多くは自身の将来についてかなり甘い見通しを持っていたように見えました。当然そういう人たちばかりではないし、うまいこと正規の職を得ている人はいるわけです。人生が運に大きく左右されるのはどのような道を歩んでも同じことで、うまくいかなかった人だけにスポットを当てて大問題のように見せるのはあまり感心しません。この手の論法は弁護士や公認会計士などの難関資格取得者が合格者の急増で食えない人が増えていることへの批判と共通しています。

確かに職にあぶれた人たちが厳しい生活を余儀なくされていることも事実ではありますので、このような人たちを掬い上げる施策は必要だと思うのですけれど、それは大学側に求めるよりもこの人たちを受け入れる社会の側に求めた方が建設的なように思います。

例えば、雇用の流動性を高めることは一つの方向性だと思います。私の周囲でも40前後になって改めて勉強し直したいということで夜間の大学や大学院に入る人は多く見られます。ある程度社会で仕事をしてきて人生の方向性が定まったところでより専門的に勉強をして知識を深化したいという考えを持つのはあって然るべきだと思います。雇用の流動性が高まれば2年ほど無職になって勉強に打ち込むという選択肢も現実的になるわけだし、高学歴者が雇用され易い状況も生まれてくるはずです。大学院の側にとっても社会経験の豊富な人たちが研究に勤しむことで多様性と社会性が生れ教育の質も大きく向上するのではないでしょうか。

個人的には大学院重点化は間違った方向性ではないと思っています。学校での勉強は社会に出る前に終えるべきといった固定観念が高等教育の利点を殺しているように思えてなりません。

追記

続編も読みました
『高学歴女子の貧困』大理奈穂子(著), 栗田隆子(著), 大野左紀子(著), 水月昭道(監修)

そしたら著者の方に文句言われました
栗田隆子さんからご批判をいただいたのでお返事を

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