スポンサードリンク

以前から気になっていた、田房永子さんの『母がしんどい』を読みました。

気になってはいったのですが、内容についてはできるだけ目にするのを避けてきたので、「母」というのは自分のことを指していて、育児が「しんどい」みたいな話かとずっと思っていました。

実際には「母」とは自分の母のことであり、強烈な個性をお持ちの母親の下に生まれついたために、「しんどい」半生を送ることになった著者の自伝でした。

延々と描かれる母の姿は確かに自分の親だったら嫌だろうと思えるものでした。情緒が不安定でちょっとしたことに激怒し、子供の意思は関係なく自分がやらせたいことを押しつけ、子供が自分の思い通りにならなければ気が済まない、などなど。

母は確かにひどいと思うのですが、家庭内の状態に無頓着な父もひどいし、母と同じように激しく干渉してくる最初の婚約者が特にひどい。本書の前半部分に出てくる主要人物はちょっと信じがたい人たちばかりでした。そういう意味では、あたかも母が諸悪の根源のように扱われることには違和感もありました。

後半からはほぼ唯一まともな登場人物である後の旦那さんも現れて、「普通の家」がどのようなものかを知る過程が描かれていきます。

印象に残ったのは、精神科を受診するシーン。

精神科医の言葉で、それまで感じていた両親に対するもやっとした疑念が確信に変わり、両親と縁を切ることを決心するきっかけとなりました。

日本社会はまだまだ儒教的な道徳観念が根深く残っていて、親であれば無条件に大切にしなければいけないような雰囲気は残っています。本書の中でも主人公を最後まで悩ませたのは親の言葉や世間体でした。

それを断ち切るのはやはり容易なことではないけれど、専門家の言葉と言うのはそれに劣らぬ力を持っているのであるなぁ、などと変なところで感心しました。悩んでいるくらいなら専門家に相談するのが早道と言うことを教えてくれていると思います。

本書を読みながら自分の子供の頃のことを思い返してみたのですが、不思議なことに両親がどのように自分と接していたかを思い返すことができません。あまり親が嫌だった記憶と言うのがないということは、きっとよい親だったんだろうなぁ、と思うし、恵まれた家庭に生まれついたことを感謝すべきなのであろう、と思いました。

このような本を書こうと思い立ち、書けるだけのエピソードが記憶に残っているということ自体が悲しいことなのだろうと思います。児童虐待などは虐待の連鎖が問題になりますけれど、これからの後半生で連鎖を断ち切って幸せな家庭を築かれるといいですね。

LINEで送る
Pocket