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2012年9月20日、「セイロガン糖衣A」を製造販売する大幸薬品が、「正露丸糖衣S」を製造販売するキョクトウを相手取って、製造販売の差し止めなどを求めた訴訟の判決が大阪地裁であったと報道されています。

実際の商品はこちら。

判決の内容についてどうこういうつもりはありません。即日控訴したみたいだし。ふーん、そうなんだなぁ、という感じ。

個人的に興味を持ったのは、この件について報道するマスコミ各社のタイトルの付け方でした。記事の内容は各社大きな差はないのですが、付けられたタイトルを見ると記者の力量が見え隠れするものだなぁと感心しました。

悪い例
朝日新聞デジタル:「セイロガンと正露丸、似てない」 大幸薬品の訴え棄却 – 社会
2つの正露丸「類似せず」 大幸薬品の請求認めず  :日本経済新聞

良い例
類似パッケージ訴訟、「セイロガン」側が敗訴 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
時事ドットコム:パッケージ類似認めず=大幸薬品の請求棄却-大阪地裁

この分野で重要なのは、どのような知的財産を根拠に争われているか、だと思っています。良い例で挙げた読売新聞と時事通信は、商品の「パッケージ」が問題になっていることが明確になっています。これを見れば、読んだ人は「あ、不正競争防止法の案件だな」ということがすぐにわかります。

悪い例で挙げた方、特に朝日新聞はその辺りがはっきりしないどころか、これだけ見ると「セイロガン」の表示又は称呼と「正露丸」の表示又は称呼が類似していないという判断がされたように見えます。普通の人でも「セイロガン」と「正露丸」はどちらも「せいろがん」と同じように読むことはわかるはずです。おそらくほとんどの人は「あれ、これは商標が問題になっているのかな?」と感じると思います。

場合によっては、はっきりしないタイトルを付けて配信することで、本文に誘導するように仕組んでいるのかも、と穿った見方もしてしまいます。いわゆる「釣り」というものです。

少なくともマスコミ報道においては、記事のタイトルはそれだけで何が起きているのか理解できるように付けなければいけないと考えます。昨今はネットリテラシーの低い層もインターネット上の情報にアクセスしてきますから、発信元が大手マスコミであればあらぬデマを形成することもあり得ると思うのです。各社ともWeb事業で収益性を上げるために苦労しているのは理解しているんですが、釣り気味のタイトルでPVを稼ぐようなケチくさい真似はしないでいただきたいと願います。

ちなみに、商品のパッケージは不正競争防止法の商品等表示に該当し、周知もしくは著名であれば保護されます。

第二条  この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一  他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二  自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

「正露丸」商標にまつわる逸話

さて、もう少し事情に詳しい人だと、「正露丸」が商標権侵害になるわけないということを瞬時に理解できるはずです。「正露丸」という商標には大変有名な逸話があるからです。ご存じない方は、この機会に雑学程度に抑えておいてはいかがでしょうか。飲み会で女の子にウケるかもしれませんよ。

国際信義に反する商標

「せいろがん」は公序良俗に反する商標であって登録されることはありません。平仮名で書いたのには理由があります。

「正露丸」は当初は「征露丸」という商品名で販売されていました。これは、日露戦争の際に日本軍が陸海空軍に配布するために製造し、その際にこの薬を「征露丸」と呼んだことに由来しているようです。日露戦争終戦後、「征露丸」は鳥栖製剤合資会社により商標登録されました。ちなみに、日露戦争は1904年(明治37年)2月8日に始まり1905年(明治38年)9月5日に終結。商標登録は明治38年9月8日だそうです。

その後、1923年(大正13年)、当時の特許庁にあたる特許局が日露間の平和回復後は、その語意に照らし国際間の信義に反すること等を理由として無効の審決をします。これに対し、1925(大正15年)6月28日、当時の最高裁判所にあたる大審院は「征露丸」がクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の普通名称にあたること等を理由として特許局による「征露丸」商標の無効の審決を支持し「征露丸」商標の無効が確定しました。

現在、仮にこのような他国を侮蔑するような称呼の商標が出願された場合には、公序良俗に反する商標である、として拒絶されることになります。商標法4条1項7号です。

第四条  次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
七  公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標

誰ですか?「征中丸」とか「征華丸」とか「征韓丸」とか言っているのは。

普通名称化

「正露丸」は普通名称なので特定の者が使用を独占することができる商標権が付与されることはありません。

「征露丸」商標が無効になった後、行政指導により「正露丸」と改め、1954年(昭和29年)10月に商標登録がされました。その翌年、同様に「正露丸」と付した医薬品を製造販売する約30社が、特許庁に「正露丸」の商標登録を無効にする審判を提起します。最高裁まで争いましたが、最終的に「正露丸」商標も無効にされます。最高裁判決が出るのは昭和49年。実に20年間戦い続けたわけです。

商標登録が無効とされた理由は、「正露丸」は普通名称だから。普通名称であれば一般人が使用せざるを得ないわけで、それを特定の者に独占させるのは適当ではないということです。最高裁判決は最判昭和49年3月5日ですが、下記は東京高裁の判決文です。

“正露丸”は”征露丸”の語から転化したものである。多年にわたり不特定かつ多数の業者によって全国的に使用された結果一般的な名称として国民に認識されており、原告請求は正当と認める。

2008年にも別の訴訟で確認的に最高裁判例の中で述べられています。最判平成20年7月4日です。

正露丸の名称は、昭和30年代から複数業者が同様のデザインで製造販売をしており、『正露丸』は一般的に使われ、商標権の侵害にはあたらない。大幸薬品の製品はラッパのマークで他社商品と区別できる。

もし今から「正露丸」の商標を出願しても、商標法3条1項1号で拒絶されます。仮に出願人が大幸薬品でも同じです。

第三条  自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一  その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標

「正露丸」商標についてのお話は、大幸薬品の社内弁護士さんがWebサイトで解説されています。大変興味深く拝見しました。

商標としての「正露丸」の歴史(その1)|社内弁護士森田の訴訟奮闘記|大幸薬品株式会社
商標として正露丸の歴史(その2)|社内弁護士森田の訴訟奮闘記|大幸薬品株式会社
商標としての正露丸の歴史(その3)|社内弁護士森田の訴訟奮闘記|大幸薬品株式会社

新聞記者も忙しい仕事でしょうし、一人一人がカバーする領域はだいぶ広いのでしょう。世の中で起きるすべての事件について専門的な知識を持つ必要はないと思いますけれど、万人が違和感を感じない程度のクオリティを確保すべく、記者個人でも組織としてでも、研鑽していただきたいと切に願います。

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