スポンサードリンク

私は埼玉県入間市で生まれ育ちまして、就職して以降は東京都内で暮らしていましたが、昨年父の他界を機に再び埼玉県に戻った人間です。

15年ぶりの地元は良くも悪くも大きく変わっていましたが、特に大きな変化は駅周辺の商店街やデパートが悲しいくらいに寂れていて、かわりに国道沿いのアウトレットやショッピングモールなどが幅を利かせるようになったところでした。

そんな折に郊外のショッピングモールを中心に消費文化の変化を論じたとされる本書が話題になっていることを知り、さっそく読んでみたのでした。

本書は、東京都で生まれ育った「消費バカ」を自称する浪費家の著者が、自身の体験を中心にして、高感度なショップが立ち並ぶ都会と適度な距離がありながら巨大ショッピングモールが林立する埼玉県が今後の日本の消費文化のモデルケースになり得るのではないか、といったことを主張している本のようです。

「ようです」と書いたのは、私が本書を読み進めることを中途で断念して、前半分しか読んでいないのが理由です。

率直に言って、本書の読書体験は苦痛そのものでした。

「東京で生まれ育った高感度な私が住めるくらいにはイケている埼玉県」みたいな謎の上から目線が鼻につきます。本書では様々なブランド名が挙げられて、このショップが入っているからこのモールはイケてるとか、この程度のショップしか入ってないからこのモールはイケてないとか、極めて主観的な価値観で論が進められていきます。ご丁寧に「ユニクロ(下)」とか「H&M(上)」とか「ABCマート(中)」とか、イケてる具合を文中に一々埋め込んできます。


出典:YouTube

そもそも著者の埼玉県に対する認識は、本人の居住経験がある川口市、さいたま市周辺の事情に閉じたものです。埼玉県の特徴の一つは、県内の交通網が都心から放射状に伸びることで地域ごとに文化的に分断されていることにあります。例えば、著者の見ている県東南部と私の暮らす県西部は完全に異なる文化圏です。

例えば、県西部の人間にとっては、西武ライオンズは地元のチームだけど、浦和レッズが地元と言われてもまったく実感がありません。レイクタウンとか言われても「茨城だっけ、千葉だっけ。えっ、埼玉なの?」みたいな感じ。三郷の人が三井アウトレット行こうとしたら入間に来ますか?幕張にいくんじゃないの?

私が思うに、埼玉が外から見て無個性に映るのは、そうした文化的に地域ごとに断絶してることに本質があります。県民同士でも異なる地域の文化に触れることがないのに全国的にアピールできる産品が生まれるわけがありません。そうした事情を一切触れず、自分の目に入る県東南部のみを見て「埼玉とはこんなところだ」と決めつけられては違和感しかありません。

可能な限り好意的に見れば、本書のテーマは都会のハイセンスなショップと郊外のショッピングモールを使い分ける消費態度のススメなのだと思います。それを訴える売り出し方をすればよかったのです。話題作りの仕掛けのつもりか知りませんが、詳しくも知らず内心では侮蔑すらしている「埼玉県」を無理にキーワード化するから、このように不愉快極まりない仕上がりになってしまったのでしょう。

……などと独り憤慨していたわけですが、すでに同様の書評が大手の媒体に出ていました。大変適切に私の気持ちを代弁してくださっていたので引用して締めたいと思います。こちらからは以上です。

結果的に近年埼玉で目立っているものや著者周辺での出来事を「埼玉的なもの」として取り上げているだけでしかない。これをして「埼玉化」というのは、埼玉の持つポテンシャルを見誤っているよそ者の「上から目線」であり「タイトルだけの出落ち」でしかない。さいたま市周辺のみが「埼玉」ではないのだ。

出典:『埼玉化する日本』を、埼玉県民が読んでみた | ダ・ヴィンチニュース

関連記事

『埼玉のおきて』大塚幸代(監修), 埼玉県地位向上委員会(編集)
『愛の山田うどん —廻ってくれ、俺の頭上で!!』北尾トロ, えのきどいちろう(著)
『しまむらとヤオコー』小川孔輔(著)

LINEで送る
Pocket