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私の祖母は二人ともまだ生きていて、父方の祖母は今年百歳になりました。大正四年(1915年)生まれになります。

百歳になると政府から賞状と銀杯が贈られるとのことです。実際には年度内に百歳になる人へ一斉に贈られるみたいで、秋口には届いていた模様。中にはお祝いの品が届いてから百歳の誕生日を迎える前に亡くなる人もいるんじゃないでしょうか。

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先日は(祖母から見て)子孫曾孫など総勢13名が参集して盛大にお祝いの会を催しました。

祖母は耳が遠いくらいで特に身体に問題はなく自分の足で歩くこともできる状態です。当日も寿司やらケーキやらご馳走が並んでいましたが、全部きれいに平らげていて皆を驚かせていました。

みんないろんなお土産を持ち寄ってきたのですが、その中に祖母の誕生日の新聞一面を大刷りにしたものがありました。1915年3月14日朝日新聞。第一次世界大戦の真っ最中です。記事はほぼすべてが軍事関係。トップ記事は「袁総統」がなんちゃらというもの。私は歴史関係に弱いのですがおそらく袁世凱のことです。当時は中華人民共和国成立前で中華民国の時代でした。他には黒龍鉄道が開通したとか、ドイツ軍やイギリス軍の情勢など欧州の軍事関係とか。「おばあちゃん大変なときに生まれたんだね」と一堂若干しんみりする場面もありました。

確かに祖母が生きてきたこの百年は大変な時代だったのだと思います。第一次世界大戦の最中に生まれ、十代で結婚して太平洋戦争の最中に三人の子を産み育て、旦那は軍に召集されて疎開を繰り返し、終戦後も旦那は帰還するもしばらく職がなく田舎で百姓をしました。ようやく職を得て建てた家が名古屋の湾岸だったために伊勢湾台風で流されます。子どもたちが成人した後にも、祖父は病気で寝たきりになり数年間の介護生活を強いられ、終いには長男である私の父があっさり先立つ始末。

私も一応その5分の2くらいは生きてきたんですが、いずれのエピソードにも相当するような経験はしていません。多少の波風はあったとしてもとにかく平穏無事に生きることができたことに、ただただ感謝したいと思いました。

本日愛新覚羅溥任氏(清王朝最後の皇帝溥儀氏の末弟)が亡くなったというニュースに触れて、「あー、まだそんな時代の人が生きているんだな。時代は繋がっているんだな。」なんて感慨深く思ったのですが、私の祖母はそれより4年も早く生まれていたわけで、なんかもう長く生きているってだけでものすごいことなんだな、などと思った次第です。

祖母がいくつまで生きられるのかはわかりませんが、とにかく一日でも長く生きてもらって、せめて苦しまずに逝ってくれたらいいなと思います。

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