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新刊書で未読ですが、紹介文に良いことが書かれていたのでメモ。

多くの民主主義国家がヘイト・スピーチを規制する法律を持つ中で、アメリカは日本と同じく法的規制がない数少ない先進国である。言論の自由の法的保護の下、ヘイト・スピーチも保護の対象とされている。では、ヘイト・スピーチの標的にされた人々は我慢すべきなのだろうか。そして、ヘイト・スピーチの標的にされていない人々は無関係なのだろうか。
そうではない。ヘイト・スピーチは社会の基盤に重大な危害を与えるものである。ヘイト・スピーチは、標的とする人々の社会的地位を普通の市民以下に引き下ろし、尊厳を危うくすることを意図する。ヘイト・スピーチは尊厳を攻撃することで、社会の基盤にある「安心」という公共財を掘り崩してしまう。
では、ヘイト・スピーチ規制と言論の自由を両立するためにはどうしたらいいか。そのポイントの一つが、尊厳と不快感との峻別である。ヘイト・スピーチ規制は、不快感から守るためではなく、個人の尊厳を守るためになされるのでなければならない。

出典:ヘイト・スピーチという危害:みすず書房

在特会のように公然と人種差別をする人たちは論外として、しばき隊と名乗る反差別団体の言動も常軌を逸したものがあります。高邁な理想を笠に着て日頃の鬱憤を晴らすのが目的となっているような気がしてなりません。

少なくとも私が個人的に知っているしばき隊シンパの女性は自身の個性的な人生観を徹底した結果貧困状態にありますが、その鬱憤の捌け口を反差別行動に没頭することに求めていました。まぁ「差別がよろしくない」というのは正論ではあるし原理主義的に追い求めるのは思考行動として単純で楽チンですから知識も知性も足りない人が傾倒するのはわからなくもありません。

ヘイトスピーチの問題がなかなか解決への糸口を見出だせないのは、国粋主義にも反差別主義にも興味を持たない一般市民にとっては外形的にどっちもどっちにだということは大きい要因の一つだと思います。主義主張だけを紙に書いて並べたら9割くらいの人はカウンターの言い分をよしとするのではないかと思うんですけれど、現状ではどちらも市民から忌み嫌われる存在になり下がっています。やはりカウンター側の独善的な行動に違和感を覚える人が多いからでしょう。

上記の紹介文では、その点を的確に指摘しています。カウンターの人たちは、その行動のモチベーションが、自身の不快感にあるように思います。であるから行動自体も非常に感情的で単に罵声を浴びせ合うだけの泥仕合になってしまうのです。

個人的には反差別問題は強い興味の対象ではなく、本書はなかなか高価な書物ですのでおそらく私が本書を手に取ることはないと思うのですが、いい話っぽいのでご興味ある方は手に取られてはいかがでしょうか。

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