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こんな記事を読みました。早稲田大学の学生は二流と言われているそうです。

学生一流、施設二流、教授三流とあだ名される早稲田大学。しかし昨今の話を聞くに、早稲田生は二流になった疑いがある。

参照:早稲田の学生はなぜ「二流」なのか?慶應に勝てないその理由

一応私も早稲田大学を卒業していまして、というか高校も早稲田大学高等学院という付属校でして、高校大学の七年間を学校法人早稲田大学の下で教育を受けてきました。

私の出身高校はOBの教員が大半を占めていて、入学すると最初に早稲田大学の設立理念などを徹底的に仕込まれます。とにかくしつこいくらいに言われるのは「在野の精神」です。

以下は、創立30周年記念祝典で大隈重信総長が宣言した早稲田大学教旨です。

早稲田大学は学問の独立を全うし 学問の活用を効し
模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す

早稲田大学は学問の独立を本旨と為すを以て
之が自由討究を主とし
常に独創の研鑽に力め以て
世界の学問に裨補せん事を期す

早稲田大学は学問の活用を本旨と為すを以て
学理を学理として研究すると共に
之を実際に応用するの道を講し以て
時世の進運に資せん事を期す

早稲田大学は模範国民の造就を本旨と為すを以て
個性を尊重し 身家を発達し 国家社会を利済し
併せて広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す

早稲田大学教旨 – 早稲田大学

校歌である「都の西北」の歌詞にもあるように、早稲田大学は「学問の独立」を強く重んじる校風です。「学問の独立」とは、権力や時勢に左右されない科学的な教育・研究のことであり、「在野精神」「反骨の精神」とも結びつくものと言われています。

高校の教員などには極端なことを言う人もいて、「官僚や政治家は東大に任せておけばよい。早稲田のエリートたる君たちは民間から彼らと渡り合う役割を果たすのだ。」といった説教も何度かされた覚えがあります。

つまるところ、早稲田の門下生は権力から独立した立場で民間から権力を牽制する存在になることを求められていて、自ら一段下に身を置くことを是とすべきと教えられるのです。常に「二流であれ」と求められているわけです。

これを内閣総理大臣も勤めた大隈重信侯が仰ることに疑問を持ちつつも、純粋無垢な15歳の我々は在野で生きることを宿命として受け容れて行くわけです。

上掲の記事では以下のように指摘しています。

早稲田生を二流にしてしまっているのは「入学前から周囲の人間が刷り込む”早稲田は二流”というイメージ」ではないだろうか。

参照:早稲田の学生はなぜ「二流」なのか?慶應に勝てないその理由

これは一面においてまったく正しい指摘です。早稲田は二流であり、二流であることを求められているのです。少なくとも建学の精神を理解しているOBOG教職員は皆そのつもりで生きているし、学生たちにもそうあるように求めているのです。

早稲田大学は一学年が一万人近くになるマンモス校ですから、残念ながら建学の精神など関係なく入学してくる人もいるし、それを理解することなく卒業して行く人も多くいます。そういう人たちが中途半端に上っ面だけをわかったつもりになって「早稲田は二流」というイメージを広めてしまったのではないか、私はそう思っています。

今でもたまに早稲田大学の現役の学生と話をすることはありますが、やはり皆さんとても優秀な人たちばかりだと感じます。現役学生や若い卒業生の皆様には自信を持って信じる道を進んでいただきたいと思います。

益々のご活躍をお祈りいたします。

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