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かつて関西地方で児童二人を殺害した当時中学三年生だった某少年犯罪者が手記を発売したということで話題になっています。

例の事件は児童の首を切断して学校の正門前に置き、警察に対して挑戦的な犯行声明を出すなどして注目を集め、逮捕されたのが当時中学三年生で被害者の近所に住む少年であったことで世間に大きな衝撃を与えました。私は当時大学生でしたが、犯人の幼稚性は感じながらも、まさか自分よりも年下の人間がこのように大それた犯罪を犯すとは予想だにしていなかったので大変にショックを受けたことを覚えています。

今回、手記発売の報に触れて最初に感じたのは、「あー、これは相当売れるだろうな」ということでした。あの事件は日本の少年犯罪史上に残る一大事件であるし、最近では、当時の家裁審判決定書が週刊誌にリークされたり、彼を崇拝することを公言していた東海地方にある国立大学の女子大生が凶悪犯罪を繰り返していたことが明らかになったりして、人々の記憶を新たにしていたからです。

最初私は、出版社や支援者などにそそのかされて出版に至った勇み足なのではないかと思いました。昨今の出版不況は深刻であることは聞いていますし、あの事件が改めて注目を集めるニュースが重なっていたから、欲をかいた大人が彼を利用して一儲けしようと考えても不思議ではないと思ったからでした。

あるいは、私はそう思いたかっただけかもしれません。以前、加害者家族の窮状に関する本を読んで、あの事件によって彼の家庭も崩壊したことを知っており、社会的な制裁を十分に受けていることは理解していたつもりだからです。彼が事件以降に受けた措置や制裁はいかに凶悪事件の犯罪者であっても更生するに十分なものであったのだと信じたかったのかもしれません。

しかしながら、実際には彼自身が出版を企画して出版社に話を持ちかけ、被害者家族に対して連絡をするパスを持っているにも関わらず出版の件は報告しておらず、手記の中に被害者家族あてのメッセージまで組み入れていたのでした。

彼の行動は法的には何も問題ないことです。この国には憲法で保障された表現の自由があり、手記の記載内容が被害者の名誉を著しく毀損するものでなければ出版を差し止める権利は何者にもありません。匿名で出版することについても著作物を公表するにあたってどのような氏名で公表するかは著作者が自由に決定できる権利があります。そう、法的には彼の行為は制限されるものではないのです。

それでも私は彼が手記を発表することは間違っていると思います。彼と出版社がどのような契約の下に出版を行うのかはわかりませんが、この本の出版によって彼には少なからず金銭が入ることになるでしょう。この手記の出版に対して被害者の家族はいずれも非難するメッセージを公表しています。私の知る限り、被害者の家族の方たちはこれまで理解に苦しむくらいに加害者に対して寛容でした。毎年彼が書く手紙を受け取り、彼に対するコメントはいつも極めて理性的でした。彼の更生をギリギリまで信じているように感じられました。

彼はそんな被害者たちの温情を踏みにじって無断で手記の出版を強行し、おそらく少なからぬ金銭を得ます。もちろん法的には何の問題もありません。これは倫理の問題です。しかも彼は少年法の理念の下、一応犯罪歴が秘匿された状態で生活をしています。現在彼の周囲にいる人たちがどれくらい彼の過去を承知しているのかはわかりませんが、彼が某少年犯罪者本人であることが知られていない限り、彼は本件の出版によって何らリスクを負うことがありません。少年法の傘に守られた安全地帯から被害者に対して後ろ足で泥を被せているわけです。今まで多くの犯罪者による手記は出版されていますけれど、皆それに対する批判は自ら受け止めてきたはずです。そこが彼と他の犯罪者とを決定的に異ならしめる点だと思います。

本当に彼にとってこの手記を出版する必要があったのであるならば、彼は被害者家族に了承を得た上で現在の身分を明かして出版すべきだったのだと思います。人間社会に生きている以上、自分の思いだけで他人の思いを踏みにじってまで何事かを成すことは許されません。そんなことも理解できていないのであれば、彼は更生などできていないし、この国の更生保護制度の敗北だと思います。

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