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もう結構前の話ですが、エイディシーテクノロジー株式会社が外付けキーボードに関する広範な特許を取得したことを発表し、話題になっていました。

 エイディシーテクノロジー株式会社は、スマートフォンやタブレットに使用される外付けキーボードに関する特許2件の取得を発表した。

 取得された特許は、第5524148号「コンピュータ装置」、第5149336号「コンピュータシステム、及び、このコンピュータシステムで用いられるキーボード」。

出典:“既存の外付けキーボードの多くが抵触する特許”が登録 – PC Watch

 同社では「現在市場にある多くの製品は、この2件の当社特許に抵触すると思われる」としており、業務などでスマートフォン、タブレットに外付けのキーボードを使用してデータを入力する場合にも、これらの特許に抵触する可能性が大きいという。

出典:“既存の外付けキーボードの多くが抵触する特許”が登録 – PC Watch

スマートフォンやタブレットに外付けキーボードを接続する利用形態はかなり一般的になっています。SurfaceやiPad Proのようにキーボード使用を前提とした大型タブレットも流行の兆しがあります。発表内容が本当であればかなり影響の大きい話です。

合法的な手続きで登録されている特許なので特許性や権利範囲についていい加減なことは言うべきではないのですが、可能性の範囲でちょっと検討してみたいと思います。以下の内容について私は一切の責任を負いかねます。もし参考にしようという奇特な方がいましたら、必ず専門家等の意見を得て自己責任でお願いします。

特許の内容

出願の経緯を整理しますと、以下のようになっていました。

日付 出願A(親出願) 出願B(子出願) 出願C(孫出願)
2005/4/28 新規出願
(特願2005-132170)
2006/11/9 出願公開
(特開2006-309556)
2010/6/11 分割出願
(特願2010-134273)
2010/9/2 出願公開
(特開2010-192006)
2011/8/19 分割出願
(特願2011-179761)
2012/2/2 出願公開
(特開2012-23746)
2012/6/12 拒絶査定
2012/8/30 拒絶査定不服審判
(不服2012-16907)
2012/12/7 登録(特許5149336)
2013/9/19 拒絶審決
2014/4/18 登録(特許5524148)
2014/12/26 訂正審判
(訂正2015-390001)
2015/2/19 訂正認容審決

2005年に最初の出願Aをして、2010年に出願Bを分割出願をし、さらに2012年に出願Cを分割出願しています。件の外付けキーボードは出願Cですので、新規性・進歩性の基準時は原出願である出願Aの出願日である2005年4月28日になります。

親出願Aは拒絶が確定し、子出願Bは登録されましたが、キーボードに記憶した個人設定が起動時にコンピュータに読み込まれるという内容の特許であり、現在一般的に流通しているものではないと思います。スマートフォンやタブレットで外付けキーボードを利用するときに問題になるのは、孫出願Cです。

出願Cの審査経過を見ていると面白い経過を辿っていることがわかります。

まず、出願時の請求項は以下のようになっています(請求項数が多いので請求項1のみ引用)。

【請求項1】
 コンピュータに対し、人の操作を受け付ける入力装置を付け替え可能に構成されたコンピュータシステムであって、
 前記入力装置は、
  操作者の操作を受け付ける操作受付手段と、
  この操作受付手段で受け付けた結果を示す操作外部情報を前記コンピュータに出力する操作出力手段とを備え、
 前記コンピュータは、
  前記操作出力手段から入力した前記操作外部情報を当該コンピュータで利用可能な操作内部情報に変換する処理を実行する変換手段とを備え、
 さらに、
 前記入力装置は、前記コンピュータに対しマウント可能な記憶手段を備え、
 当該コンピュータシステムは、前記記憶手段の起動命令を受け付ける命令受付手段備え、
 前記コンピュータは、前記命令受付手段で受け付けた前記起動命令に従って、前記コンピュータに対し前記記憶手段をマウントする接続手段を備える、
 ことを特徴とするコンピュータシステム。

出典:2011年8月19日付け請求の範囲

この時点では、キーボードに記憶手段(メモリ)が搭載されていて、何らかの形で起動命令を受け付けるとメモリがコンピュータにマウントされるというものです。今回登録された発明とはまったく違う技術内容になっています。

審査請求と同時に以下の補正をしています。技術的な内容はあまり変わっていなくて、請求項の余計な限定事項を削除するのが目的だったような印象を受けます。

【請求項1】
 コンピュータに対し、接続可能なキーボードであって、
 操作者の操作を受け付けるキー群と、
 前記コンピュータに対しマウント可能な記憶手段と、
 前記キー群の操作による前記記憶手段の起動命令を受け付ける命令受付手段と、
備え、
 前記起動命令が受け付けられると、前記コンピュータに前記記憶手段がマウントされる
とを特徴とするキーボード。

出典:2011年9月16日付け手続補正書

審査の結果、進歩性違反の拒絶理由が通知されます。

 引用文献1には、記憶手段を内蔵したキーボードが記載されている。
 そして、記憶手段のマウントをコマンド入力に基づき行うことは例えば引用文
献2の段落0029に示されるように周知技術である。
(略)
           引 用 文 献 等 一 覧
1.特開平11-143612号公報
2.特開2004-326164号公報

出典:2012年9月11日付け拒絶理由通知書

この拒絶理由に対して、全面的に請求項を入れ替える補正をしています(請求項数が減ったので全請求項を引用)。

【請求項1】
 キーボードが接続されていないときに実行される第1のキーボードドライバと、
 キーボードが接続されたときに実行される第2のキーボードドライバと、
 キーボードの接続されたと判定されると、前記第2のキーボードドライバを実行する判定実行手段と、
を備え、
 前記判定実行手段により前記第2のキーボードドライバが実行されると、キーボードによる入力が可能となることを特徴とするコンピュータ装置。
【請求項2】
 前記判定実行手段は、
  接続されたキーボードの種類に応じた前記第2のキーボードドライバを実行することを特徴とする請求項1に記載のコンピュータ装置。
  【請求項3】
 前記判定実行手段により前記キーボードが接続されたと判定されると、前記第1のキーボードドライバを停止することを特徴とする請求項1~2のいずれか1項に記載のコンピュータ装置。

出典:2012年11月5日付け手続補正書

キーボードを接続するとキーボードドライバが読み込まれて入力可能になるという発明です。ここでようやく登録された請求項と同じ技術内容になっています。

ちなみに、これはいわゆるシフト補正であり、2007年4月1日以降の出願ではこのような補正を行うことはできません。この出願は出願日が2005年4月28日まで遡及するのでこのような補正も可能となっています。

新しい請求項に対して再度審査した結果、新規性と進歩性違反の拒絶理由が通知されます。

 引用文献1の段落0010及び関連説明箇所に記載された発明において、制御部15が、接続されている機器の構成情報を読み込む際のプログラムは、機器を接続していないときでも常時動作していると考えられるところ、当該プログラムは本願発明の「第1のキーボードドライバ」と同等の機能を有するものと認められる。
(略)
 不要になったプログラムを終了させることは通常の創作能力により行い得るものであるところ、接続されている機器の構成情報を読み込む際のプログラムを接続後に終了させることに格別の困難性は認められない。
(略)
           引 用 文 献 等 一 覧
1.特開2001-312360号公報

出典:2013年6月25日付け拒絶理由通知書

引用文献1の「構成情報を読み込む際のプログラム」というのはUSBホストドライバのことです。つまりコンピュータ起動時にUSBホストドライバが実行され、キーボードを接続するとキーボードドライバが読み込まれて入力可能になるんだから一緒ではないか、という指摘です。

キーボードが接続していない状態で起動するとは言え、USBホストドライバがキーボードドライバに相当するというのはちょっと無理筋な感じがします。

この拒絶理由に対しては補正をせずに以下の反論をし、特許査定に至っています。

(1)コンピュータに接続されるキーボードには多くの種類がありますので、第2のキーボードドライバとしては、コンピュータに標準で装備されているドライバとは異なる標準でないドライバをコンピュータにインストールして用いることがあります。
 そして、この標準でないドライバを用いると、コンピュータがフリーズしたり、コンピュータに特定のソフトがインストールされていると、コンピュータがダウンしてしまう等の現象がよくあります。
 このうち、コンピュータに特定のソフトがインストールされていると、コンピュータがダウンしてしまう現象としては、例えば、本意見書とともに提出した「窓使いの憂鬱(”http://mayu.sourceforge.net/mayu/doc/MANUAL-ja.html”に掲載)」等の例があります。
 この場合、標準でないドライバをアンインストールする必要があります。
 しかし、本願発明では、第2のキーボードドライバを走らせるとコンピュータが不具合を起こしてしまう場合でも、キーボードをコンピュータからはずせば第1のキーボードドライバが走るよう構成されています。
 そのため、本願発明を用いると、キーボードが接続され、それに対応するドライバ(本願発明の第2のキーボードドライバ)が標準でないドライバであって、このドライバを用いると不具合が生じる場合でも、キーボードを外しておけばコンピュータをダウンさせることなく動作させ続けることができます。

(2)キーボードドライバは、上述したように、コンピュータに不具合を起こさせる可能性があり、その場合、キーボードをコンピュータに接続したまま立ち上げると、コンピュータがすばやく立ち上がらないことがあります。
 また、このキーボードドライバが動作していないと、そのことを示すエラー表示がなされるなどして、コンピュータを立ち上げたとき、コンピュータを使える状態にするまでに、そのエラー表示を消す等の作業を行う必要が生じます。
 しかし、本願発明を用いると、キーボードが接続されていないときに動作する第1のキーボードドライバを備えており、上記のような場合でも、キーボードを外しておけば、コンピュータを早く使用できる状態に立ち上げることができます。

出典:2013年8月19日付け意見書

要するに、OS標準でないキーボードドライバをインストールしてしまうと、キーボードを接続していなくても不具合でダウンする場合があるが、この発明ではダミーのキーボードドライバが代わりに実行されるので不具合のあるキーボードドライバによる影響を受けずに起動することができる、ということです。

その後、訂正審判により少しだけ変更があって、現在の請求項は以下のようになっています。キーボードに「前記」が付いて少し記載が明確になりましたが、特に権利範囲には影響ないでしょう。

【請求項1】
キーボードが接続されていないときに実行される第1のキーボードドライバと、
前記キーボードが接続されたときに実行される第2のキーボードドライバと、
前記キーボードが接続されたと判定されると、前記第2のキーボードドライバを実行する判定実行手段と、
を備え、
前記判定実行手段により前記第2のキーボードドライバが実行されると、前記キーボードによる入力が可能となることを特徴とするコンピュータ装置。
【請求項2】
前記判定実行手段は、
接続されたキーボードの種類に応じた前記第2のキーボードドライバを実行することを特徴とする請求項1に記載のコンピュータ装置。
【請求項3】
前記判定実行手段により前記キーボードが接続されたと判定されると、前記第1のキーボードドライバを停止することを特徴とする請求項1~2のいずれか1項に記載のコンピュータ装置。

以上が、この特許の全体像なわけですが、この内容を踏まえて報道された内容を振り返ってみると、どうも腑に落ちない面があります。

まず、この特許はあくまでも「コンピュータ装置」の発明であって「キーボード」の発明ではありません。仮にスマートフォンやタブレットに外付けキーボードを接続して使用することが特許権侵害となるにしても、この特許を侵害しているのはスマートフォンやタブレット本体の方であり、侵害者はこれらの製品を製造・販売しているApple, Microsoft, Googleなどになります。

記事によれば、ADC社は特許ライセンス付きキーボードなるものを販売しているようです。確かに、侵害品の使用でも特許権侵害は成立するので理屈としてはあり得なくもありません。しかし、例えば、AppleとSamsungが特許権侵害で争っているとき、Samsungが世界中のiPhoneユーザに対して「iPhoneの使用は特許権侵害だから止めなさい、Galaxyを買いなさい」と言うのと状況は同じです。理屈として合っているとしても違和感を覚える人は多いのではないでしょうか。

 同社はライセンス付与シールを付した「特許ライセンス付きBluetoothキーボード」を同社ネットショップで販売しており、ライセンス付与のシールが付されていないキーボードを引き続き使用する場合、特許侵害となる可能性があるとしている。なお、ライセンス付き製品のラインナップは今後増やしていく予定であるという。

出典:“既存の外付けキーボードの多くが抵触する特許”が登録 – PC Watch

二回目の拒絶理由通知に対して、ADC社は第一のキーボードドライバは標準のキーボードドライバの代わりになる仮想のドライバであることを主張しています。スクリーンタッチ操作とは言えキー入力が可能なAndroidやiOSのソフトキーボードが、この「第一のキーボードドライバ」に該当するかどうかは議論の余地があるように思います。

あくまで個人的な印象ですが、ADC社が主張するような権利行使をそのまま実行しようとしても、かなり困難なのではないかというのが感想です。いずれ何らかの紛争が起きるのは避けられないのではないかと予想します。このような特許が存在することを記憶の片隅に留めておきながら、事態の経過を観察したいと思います。

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  • ひろ

    こんにちは。
    こちらの特許の件、気になってました。

    PCWatchの記事 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/20150708_710681.html には
    「キーボードに備えられている記録をコンピュータにマウントしない限り、データを使用することができないため、データを適切に保護できるのが特徴としている。」とあったため、記事を読んだ当初は、キーボード側に個人を特定する暗号データが入っている(強固な独自の暗号ペアリング技術)のかなと思ったのですが、そうでもないようですね。

    こちらの会社が売っている「特許ライセンス付きBluetoothキーボード」ですが、どの部分が特許第5149336号に該当するのかわかりませんでした。

    Bluetooth+HIDProfileで網羅されている範疇を出ないような気がします。。

    • QJV97FCr

      ひろさん、コメントありがとうございます。
      特許第5149336号の方はキーボードに記憶手段を備えて個人リストデータを記憶する技術になっています。私はキーボードにメモリを搭載しているような製品を知らなかったので、ここでは検討を除外しました。

      BluetoothのHID Profileはあまり仕組みをよくわかってないのですが、キーボード接続でIMEを切り替えたりできるようなので、これに近いかもしれませんね。