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2015年10月5日、TPPが大筋合意に達しました。

焦点となっていた知財分野、特に著作権に関しては、かねてから報じられていたように、①存続期間を70年に延長、②著作権侵害罪の非親告罪化、③法定損害賠償の導入が漏れなく盛り込まれた模様です。

内閣官房から公表された説明資料によると、著作権に関する規定は以下のようになっています。

○ 著作権
著作権に関しては次のルール等が規定されている。
・著作物(映画を含む)、実演又はレコードの保護期間を以下の通りとする。
①自然人の生存期間に基づき計算される場合には、著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年
②自然人の生存期間に基づき計算されない場合には、次のいずれかの期間
(i) 当該著作物、実演又はレコードの権利者の許諾を得た最初の公表の年の終わりから少なくとも70年
(ii) 当該著作物、実演又はレコードの創作から一定期間内に権利者の許諾を得た公表が行われない場合には、当該著作物、実演又はレコードの創作の年の終わりから少なくとも70年
・故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を非親告罪とする。ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。
・著作権等の侵害について、法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設ける。

出典:環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要

非親告罪化に関しては「市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。」との但し書きがあります。これは今まで報じられていなかった内容だと思います。

これらの規定を国内法に落としこんでいくにあたって考慮すべきことして、今後の焦点となっていくのは、非親告罪に対してどのような例外を設定して制度設計をしていくのか、という点であろうと思います。TPPを巡る諸問題に答えを出すのは、むしろこれからが本番と考えるべきです。

どのような制度設計が好ましいのかを考えるにあたり、そもそも非親告罪化は何のために必要なのか、ということを押さえる必要があります。これは端的に言って海賊版対策です。海賊版に対する取り締まりでは常に当局の迅速な動きが求められますが、権利者の告訴を経ないと立件できないのでは効果的な取り締まりができないからです。

海賊版による被害は甚大です。近年の文化庁や経済産業省の調査では、中国で年間5,600億、米国で年間2兆円の被害があるという推計が出ています。これに対して、日本の出版業界の総売り上げは5兆円ほどのようです。おそらく集計基準が異なるので単純に比較できるものではないですが、被害の大きさをざっくり知る目安にはなるでしょう。

近年、日本のマンガ・アニメの海賊版被害が拡大しています。文化庁が平成24年度に行った調査では、中国主要都市(北京・上海・広州・重慶)における日本コンテンツの被害額は年間約5,600億円と推計され、経済産業省が平成25年度に行った調査では、米国におけるマンガ・アニメのオンライン海賊版の被害額は約2兆円と推計されています。

出典:初の業界横断的なマンガ・アニメ海賊版対策をスタートします(METI/経済産業省)

 2013年度の出版業界の総売上高は5兆997億3500万円で、5年前の2008年度比(6兆3495億7500万円)で19.7%減少していることが、帝国データバンクの調査で分かった。減少率が最も高かったのは「出版社」で24.3%、次いで「書店経営者」(減少率18.3%)、「出版取次業者」(同15.1%)となった。「書籍の販売不振により、出版社をはじめとするすべての業態で、総売上高が減少していることが明らかになった」(帝国データバンク)

出典:出版業界の売り上げ――5年間で1兆2500億円消失 – ITmedia ビジネスオンライン

非親告罪化で懸念されているのは、コミックマーケットなどに代表される同人活動への影響です。同人活動は基本的にファン活動の一環です。そのため、権利者側も本来違法であることは承知した上で、ファンとの良い関係を保つために権利行使を控えているというのが現状です。

ここに非親告罪化で権利者が望まないにも関わらず当局の独断で介入が可能となるのは適切ではないだろう、というわけです。第三者の嫌がらせに近い通報や別件逮捕で本来まったく問題ないものが事件化する危険性もあります。

このような背景事情を考えると、制度設計の方向性としては、海賊版に対しては迅速な取り締まりで可能でありつつ、同人活動は従来通り権利者の裁量が働くような制度となることが望ましいと考えます。

海賊版というのは、基本的にはデッドコピーです。デッドコピーであれば、まず問題になるのは複製権(21条)です。一方、同人活動は様々な形態がありますが、既存のキャラクターを用いて新たなストーリーの作品を創作する二次創作が主流だと思います。この場合、問題になるのは翻案権(27条)です。

では、複製権は非親告罪化し、翻案権は親告罪のままにできればOKと考えられそうですが、さにあらず。海賊版の被害は中国を始めとする外国が多いですから、翻訳についてもカバーできないと効果的な海賊版対策はできません。ここで問題が出てきます。現在の著作権法では、翻訳は翻案の一種であり、同一の条文でまとめて規定されているからです。

(翻訳権、翻案権等)
第二十七条  著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

単純に翻訳権と翻案権を分離できれば良さそうな気もしますけれど、そのような整理が適当かどうかは十分な議論が必要だと思います。つまり、海賊版とは何か、同人活動とは何か、許容できる二次創作はどういったものか、許容できない二次創作はどういったものか、現在の実態と将来予想される動きに対応して慎重に線引きをする必要があるでしょう。

一部ではフェアユースの導入について言及している言説もあるようです。個人的には難しいのではないかと思っています。フェアユースとは公正な著作物の利用行為は著作権の侵害にならないという一般規定を置いて現実の事件で個別に判断するものです。どのような場合に公正な利用行為なのかは、基本的に判例の積み重ねが必要です。それはすなわち、誰かが人柱になって裁判で戦って境界を明確化していくことを意味します。そのような営みは日本社会には馴染まないと思います。

ここまでだらだらと考えてきましたが、つまるところ、これからやらなければいけないのは、同人活動として許されるのはどの範囲なのか、ということを規定していく行為です。今までのように、権利者のお目こぼしがあることを暗黙の了解としてなぁなぁでやっていくことは難しくなっていくと思います。海賊版を撲滅して本来の利益を確保することを優先するのか、多少の海賊版被害には目をつむって同人活動を保護して市場の拡大を図るのか、といった価値観の問題とも言えるでしょう。

その前にTPPが発行されるかどうかという問題もありますので、杞憂に終わるかもしれませんけれど、今後の展開には注視していきたいと思います。

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