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中小企業庁と特許庁の地方移転について経済産業大臣が否定したとの報道がありました。消費者庁と文化庁の移転方針が固まったことを受けて記者の質問に答えたものです。

 林幹雄経済産業相は15日の閣議後の記者会見で、地方自治体が要望している中小企業庁や特許庁の地方移転について「東京から移転するというのはどうもマッチしないのではないかと思う」と述べ、否定的な考えを示した。

 中小企業庁は大阪府、特許庁は長野県と大阪府が移転を要望している。林経産相は中小企業庁について「災害時に東京のほうが各省庁との連携がとれるし、対応が迅速にできる」とした。特許庁も関係機関が集中する東京のほうが迅速な審査ができると指摘した。

 政府は地方創生の一環として政府機関の地方移転を検討しており、3月までに移転機関と移転先を決める。消費者庁を徳島県に移転させる方向で調整しているほか、文化庁の機能の一部を京都府内に移転する方針を固めている。【横山三加子】

出典:官庁地方移転:中小企業庁や特許庁は経産相否定的 – 毎日新聞

私は特許庁の中の人ではないのですべての業務を把握しているわけではありませんが、あまり東京になければいけない必要性は感じません。以下、簡単に検討してみます。

特許庁の業務を把握するには、組織図を見るのが手っ取り早いでしょう。

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出典:組織図 | 経済産業省 特許庁

総務部は組織として汎用的に必要な機能を担うところ、審査業務部は方式審査を行うところ、審査第○部は実体審査を行うところ、審判部は文字通り審判を行うところです。

出願審査業務は影響なし

出願審査業務は完全に書類審査になります。現在の日本の知財実務はほぼ100%電子化されていますので、出願書類も発送書類も電子的にやり取りされます。当然、電子的なやり取りに物理的な位置は影響しません。

個人発明家などが自力で出願する場合には紙媒体でやり取りすることがありますが、すべて郵送でも行うことが可能です。この場合でも出願審査において特許庁へ出向く必要はありません。

出願内容に拒絶理由がある場合、審査官に直接会って説明する面接審査というものが可能となっていて、これだけは特許庁へ足を運ぶことがあります。しかし、多くの場合は電話で済む内容ですし、審査官が地方に出向く出張面接審査という取り組みもありますので、特許庁へ出向いての面接審査は減少しつつあります。

ちなみに私は特許事務所で働いて5年になりますが、特許庁での面接審査は一度もしたことがありません。普段は事務所でひたすら書面を書く仕事なのでむしろ出張したいくらいです。

総務系は影響ありそう

一方、総務関係の仕事は対外的な折衝が多そうだし、特に上部組織の経済産業省とは近くにいた方が効率が良さそうというのは感じます。経産大臣の発言は主にこの辺の業務を念頭に置いたものでしょう。大臣は経済産業省側にいるわけですから、そこしか見えてないのも当然と言えば当然かも知れません。

経済産業省の他にも、主に知財制度の普及や検討において、弁理士会や知財協などのステークホルダーと打ち合わせを行うケースは多いようです。近年の知財制度改正の主眼は国際ハーモナイゼーションとユーザフレンドリに尽きますから、ユーザの意見を十分に聞き取ることは必須になっています。

どんな組織でも内部で完結することは不可能ですから対外業務は発生するのは当然ですが、問題は対外的な業務に従事する人がどれだけいるのか、そのために物理的な場所が限定されるほどのものなのか、ということです。

特許行政年次報告書によると、特許庁職員の総数は2,871人、そのうち審査官・審判官は2,271人、一般職員が546人になっています(参考)。おそらく対外業務を行う人は一般職員のうちでも一部ですから、特許庁職員のうち1割にも満たないのではないでしょうか。2-300人のために特許庁が東京になければいけないというのは理由としては弱すぎるように思います。

ネックは審査官の量と質の確保

現状の業務を地方移転する分には大きな問題はないだろうと考えていますが、一方で組織の継続性という点では不安もあります。それは人材の確保です。

特許審査は高度な技術を対象とするものですから、それなりの技術的な素養が求められます。最低でも理工系の学位が必要で、多くは修士号を持っています。近年は審査のスピードが重視されていますので、優秀な審査官の確保は特許行政の重要な課題になっています。

そのために現在活用されているのが、任期付審査官という制度です。これは5年の任期付雇用で社会人経験のある技術者を審査官として確保する仕組みです。現在特許審査官は1,700人いますが、そのうち500人は任期付審査官です(参考)。

任期付審査官は、理工系の学位があること、研究開発職の経験があること、など高度なスキルが求められます。民間企業でも良い待遇を得られることができる人材である場合が多いですが、あえて非正規雇用へ応募するのは理由があります。一つは基本的に同年代の正規職員と同等の待遇であり給料が良いこと、もう一つは弁理士試験の一部免除が認められることに魅力を感じる人が多いためです。

任期付審査官は企業や大学での研究開発経験が求められるので、潜在的な人材はやはり首都圏に偏在する可能性が高いです。またいずれ任期が切れれば民間に戻らなければいけない立場であるため、特に家族などがいれば再就職がしやすい土地を離れてまで応募するのは躊躇する人も多いのではないでしょうか。

現状の特許審査実務は任期付審査官で持っていると言っても過言ではなく、審査官経験がある人が民間に還流するのは知財業界にとっても歓迎すべき状況なのですが、仮に特許庁が地方移転すると優秀な人材が応募しなくなる可能性が高いのではないかと考えます。

まとめ

基本的に特許庁が地方移転することによる実務的な影響は大きくないように思います。一方で、審査の質の確保等で問題が生じる懸念があります。

私見ですが、現状はあまりにも任期付審査官の比重が大きすぎるように思います。基本は正規雇用で一から審査官を育て上げ、希望する限り審査官の仕事ができるようにして、任期付審査官の雇用は必要最低限にするべきです。

ということで、私は特許庁が東京になければいけない理由は特にないと思っています。もっとも、省庁の地方移転が本当に地方創成に繋がるのか、という点では懐疑的に見ていて、積極的に地方移転すべきとまでは考えていません。

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